初恋の残響と、伝えられなかった愛が胸を満たす追憶の二年間

天井の白い蛍光灯が、静かに私の部屋の隅々まで冷たい光を落としていた。
時計の針が秒を刻む音だけが、夜の帳の中でやけに大きく響いている。
窓の外には、6月の湿った夜風が葉擦れの音を運び、遠くで街の灯りがぼやけて瞬いている。
私はベッドの上で膝を抱え、スマートフォンの画面に指を滑らせて、彼の名前を無意識に何度も探していた。
その名前がもう二度と新しい通知をもたらさないことは、何よりも痛い現実だった。

彼――私の初恋で、初めての恋人だった人。
高校のグラウンドに柔らかい西日が差し込む放課後、彼が不器用に差し出してくれた手の温もりを思い出す。
制服の袖が触れ合ったときの微かな静電気、彼のシャツから漂う柔軟剤の香り、真剣な眼差し。
あの頃の私は、若さゆえの自信と幼さを盾に、彼にわがままをぶつけてばかりだった。
小さな喧嘩、すぐに拗ねては泣く私に、彼はいつも少し困ったような笑顔で頭を撫でてくれていた。
その手の厚み、その指の節々の感触までも鮮明に蘇る。
だけど、あの頃の私は、その優しさに甘えていた。

季節が移り変わるある日のことだった。
幾度目かの夕立が止み、アスファルトに雨の匂いが残る夕方、彼から静かな声で「別れてほしい」と告げられた。
鈍い痛みが心臓の奥を締めつけ、言葉が喉で絡まった。
けれど、私は意地になって、声を震わせながら「いいよ」と答えてしまった。
彼の瞳に浮かぶ悲しみと諦めの色、それを直視できなかった。
空気は重く湿っていて、頭上の雲が低く垂れ込めていた。
私の胸の奥には、伝えきれない想いが渦巻いていたけれど、どうしても素直になれなかった。

喉の奥は乾き、舌が張り付くようで涙さえ出なかった。
別れ際、彼が一瞬だけ私を抱きしめたときの、体温と心音。
あの日の鼓動は今も耳の奥に残っている。

それから半年が過ぎた。
季節は巡り、夏の終わりに近づいたある晩。
突然、携帯電話が震えた。
液晶画面に浮かぶ彼の名前に、心臓が跳ね上がる。
電話越しの彼の声は、以前よりもどこか遠く、掠れていた。
「元気？」その問いかけに、私はまた強がってしまった。
「うん、今は彼氏ができて幸せだよ」と、明るく嘘をついた。
嘘の言葉を吐くたびに、胸の奥が締め付けられる。

本当は誰もいなかった。
寂しさと未練が、喉元までせり上がっていた。
でも、彼に弱い自分は見せたくなかった。
受話器から伝わる沈黙の重み。
電話の向こうで彼が何を感じていたのか、今なら少しだけ分かる気がする。

さらに一年が経ち、私の世界は静かに変化していた。
春の終わり、窓の外には新緑が揺れ、遠くで鳥が鳴いていた。
そんな穏やかな午後、彼の友人から連絡があった。

「実は、彼……一年前に亡くなってたんだ」
言葉の意味がすぐに理解できなかった。
部屋の空気が急に冷えて、耳鳴りがした。
体の中心に氷の塊ができたような感覚。
彼は肝臓癌だったという。
私が最後に強がって嘘をついたあの電話の頃、彼はもう闘病のさなかにいた。

彼の遺言に、「一周忌を迎えるとき、私に知らせてほしい」とあったという。

友人が渡してくれた封筒は、彼の面影が染み込んでいるかのようだった。
指先が震え、便箋を取り出すと、彼の筆跡がそこにあった。

「こんな別れ方しかできなくてごめん。
君には幸せになってほしい。
愛してる」

便箋の紙は少しだけ指に湿気を帯びていた。
文字の一つ一つに、彼の息遣いが宿っている気がした。
私は声をあげて泣いた。
涙は頬を焼くように伝い、鼻の奥がつんと痛くなった。

どうして、どうして彼は全部一人で抱え込んで逝ってしまったのだろう。
どうして、私にも病気と向き合わせてくれなかったのか。
もし、私がもう少し素直だったら、もし、あの時本心を伝えていたら、何か変わっていたのだろうか。
問いかけは次々と胸を満たし、彼のいない部屋にこだまのように残り続けた。

時は容赦なく流れ、あれから二年が過ぎた。
春の風に揺れるカーテン、窓辺の鉢植えに咲く小さな花。
日常のささやかな温もりの中で、ようやく私は少しずつ心を落ち着けることができるようになってきた。
彼の優しさ――自分に負担をかけさせまいとしたあの決断――が、今なら痛いほど理解できる。

それでも、感情は時に追いつかない。
胸の奥には、まだあの時のままの私がいる。
きっと私は一生、彼を忘れないだろう。
問いかけは消えることなく、心の底で波紋のように広がり続ける。

もし、もう一度だけでいいから会えたなら。
彼の手を握りしめて、今度こそ素直に「愛してる」と伝えたい。

けれど、それは永遠に叶わない願い。
私は夜の静けさの中、窓の外の星々を見上げる。
彼の面影が、遠い夜空のどこかで、微かに私を見守っているのを感じながら――。