静まり返る休診日の病院に響く、出産の痛みと叫び――五感と心で辿る私の出産劇場

薄曇りの朝、休日の病院は異様なほど静まり返っていた。
自動ドアの向こう、白いタイルの床には、陽射しが細く差し込み、淡い影を描いている。
廊下には消毒液の鋭い匂いが満ち、誰もいない受付が異空間のようにぽつんと存在していた。
その無音の中、私の呼吸だけがやけに大きく響いていた。

頭の中では、何度もイメージトレーニングを繰り返してきた。
静かな音楽を聴きながら、ゆっくりと鼻から息を吸い、口から長く吐き出す。
身体の中の緊張を吐息と共に流し出し、陣痛の波が来ても、穏やかに受け止める自分を想像していた。
けれども、現実はすぐに私の期待をあざ笑った。

待合室の椅子は冷たく、シーツは新品のような硬さで、背中に触れるたびに心細さが増していく。
他の患者はわずか二人だけ。
休日の午前、病院全体が深い眠りに包まれているようだった。
そんな静寂を、私は突き破った。

「痛い！痛い！痛ーい！！ﾌｩｰ！ﾌｩｳ――ｩ!!!!」

自分でも信じられないほどの大声が、薄暗い廊下に反響していた。
声が喉を震わせる振動が、胸の奥まで響き、胃のあたりがひりつくようだった。
息を吸うたび、酸素が喉を焼く。
陣痛の波が押し寄せるたび、身体が勝手に反応し、まともな理性など吹き飛んでしまった。

義父の顔がちらりと浮かんだ。
彼は病院の玄関先で立ち尽くし、半ば呆れ顔でこう言った。

「病院の玄関まで聞こえてるぞ」

でも、休診日で人がいないという現実が、私の羞恥心をどこか遠くへ追いやった。
今日だけは、誰にどう思われても関係ない。
叫ぶことでしか、自分を保てなかった。

陣痛は、まるで波のように絶え間なく押し寄せ、引いてはまた強く打ちつけてくる。
徹夜で体力も底を突きかけている。
頭は朦朧とし、痛みのあまり、もはや自分が誰なのかも曖昧になってきた。
無我夢中で声を上げ続け、叫びすぎて、気づけば私は妙なテンションに突入していた。

「ｲﾔｯﾎｰ！陣痛きたーｱﾊァﾊハ八！！ゴッリッラッ！ゴッリッラッ！」

自分でも意味不明な言葉が、口からとめどなく溢れた。
部屋に満ちる自分の声、助産師さんの慌ただしい足音、どこかで鳴るモニターの電子音。
すべてが歪んで混ざり合い、現実感さえ薄れていく。

その時、ふと握りしめていた黄緑色のテニスボールの存在に気づく。
汗ばんだ掌の中で、ボールはひんやりと心地良い。
私はそれを助産師さんに差し出し、涙交じりに叫ぶ。

「こっ…これガチャピンの先っちょ！指の先っちょ！！」

自分でも訳が分からなかった。
けれど、助産師さんは優しい微笑みで受け止めてくれる。
その笑顔が、白い蛍光灯の光を受けて本当にキラキラと輝いて見えた。

「助産師さんキラキラしてますぅ！だから早く子宮口拡げてぇえぇぇ！」

私は必死で懇願する。
喉は渇き、口の中は砂漠のように乾いている。
冷たい汗が首筋を伝い、額には髪が貼り付く。
部屋の空気は湿って重く、呼吸するたび、胸が締めつけられるようだった。

時間の感覚がねじれ、すでに何時間苦しんでいるのか分からなくなる。
ただただ、痛みの波を乗り越えるために、すべての意識を集中させる。

周囲の空間が歪み、壁の時計の針の動きが異様に遅く見えた。
助産師さんたちの動きも、どこか遠くの出来事のように感じる。
私の世界は、痛みと叫び、そして混乱した意識だけで満たされていた。

「無理無理！もう出る！出てるよぉ！」

叫ぶたび、全身の筋肉が硬直し、身体中から冷たい汗が噴き出す。
自分の叫び声で耳がじんじんと痛い。
けれど、誰よりも傍で私を支えてくれていたのは夫だった。
彼は手を握りしめ、時に涙ぐみながら、私の無様な姿を一瞬たりとも目をそらさず見守ってくれていた。

「愛してる！！愛してるから二人目はあなたが産んでえぇえぇぇ！」

私は泣きながら夫にすがる。
喉の奥は焼けつき、涙と汗とで顔はぐしゃぐしゃだ。
それでも、夫の手の温もりが、私に「大丈夫だ」と語りかけてくれていた。

そして――
すべての痛みと混乱が、ひとつの小さな産声に変わる。
あの瞬間、世界が一瞬だけ静止した。
眼前に現れた小さな命。
血の匂い、温かな湿度、赤子の肌の柔らかさ。

終わったのだと、胸の奥に余韻が残る。

赤ちゃん、可愛い。