怖い話:深夜のバイブ音から始まる弟の怪異譚――廃墟の電話と見えぬ女影、供養の夜に浮かぶ魂の叫び

深夜のバイブ音から始まる弟の怪異譚――廃墟の電話と見えぬ女影、供養の夜に浮かぶ魂の叫び

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これは、私の弟に本当に起こった、現実と夢の境界が曖昧になるほど奇妙で、今もなお心にざわめきを残す出来事です。

──
私と弟は二つ違い。
少年時代、実家の奥まった六畳間で同じ空間を分け合い、矛盾に満ちた共存生活を送っていました。
部屋の壁紙は年季が入り、所々に無数の手垢やペンキの剥がれが浮かび上がっている。
ベッドと机が互い違いに押し込められ、狭さがもたらす圧迫感と、兄弟特有の親しさが入り混じった空気が漂っていました。

重なり合う息遣い、夜更けに響く弟のいびきや、机の引き出しを開け閉めする微かな音。
夏には蚊の羽音、冬には布団から抜け出る冷気。
そんな日常の中、私たちはしょっちゅう些細なことで拳を交え、互いの存在に苛立ちながらも、危機に瀕すれば無条件に助け合う、見えない絆をどこかで信じていました。

──
あの出来事が起きたのは、弟が成人式を迎える少し前の晩。
春の気配がまだ遠く、夜の冷たさが骨に染み込む季節でした。
弟は当時大学生で、気の合う友人たちと深夜まで遊び歩くことが日課になりつつありました。
その夜も、私は先に布団に入り、薄暗がりの中でまどろみの淵を漂っていました。
外からは時折、風に揺れる木の葉の擦れる音や、遠くで犬が吠える声が微かに響いていました。

突然、玄関の引き戸がガタンと鳴り、弟が帰宅した気配が部屋に流れ込みました。
アルコールとタバコが混じったような臭いが一瞬、空気に広がる。
私は半分眠ったまま、足音や衣擦れの音を聞きながら、再びまどろみへ身を沈めようとしました。

──
……ヴーン、ヴーン……
静寂を切り裂くような携帯電話のバイブ音が、暗闇の中で機械的に響き始めました。
その音は私のものでなく、弟の枕元に無造作に転がったスマートフォンから発せられていました。
振動が机の木製天板に反響し、やけに大きな音に感じる。
私は顔をしかめ、心の中で「またか」と悪態をつきました。

弟は、酒に酔ったのか、布団に潜り込んだままピクリとも動きません。
私は溜息をつきつつ、声を潜めつつも苛立ちを隠せずに言いました。

「おい、電話鳴ってるぞ。
うるさいから早く出ろよ!」

弟の肩を乱暴に叩くと、彼は眠気と驚きが入り混じった顔で目を開けました。
目の下にはクマ、額には寝癖が残り、しばらく状況を飲み込めずに呆然としています。
私は、眠気とイライラが混ざった声で、再度促しました。

「ほら、早く!」

弟は不機嫌そうに手探りでスマートフォンを掴み、画面を覗き込んだ瞬間、眉をひそめて固まりました。

「え……? 136? なんだこれ……」

差し出されたスマートフォンの画面には、見慣れない「136」の番号が、白い光の中に浮かび上がっています。
妙に無機質なフォントが、不気味さを際立たせていました。

「こんな番号、あるのか?」

「知らん……とりあえず、出てみろよ」

私は半分冗談、半分本気でそう言いました。
弟は躊躇いながらも通話ボタンを押し、耳にスマートフォンを当てます。
沈黙が一瞬流れ、部屋の空気が妙に重苦しく感じられました。

「……はい。
え? いや、オレに言われても……はい、ちょっと待ってください」

弟の声は困惑と戸惑いに満ちていました。
私は布団の中で、緊張と好奇心がないまぜになり、呼吸が浅くなるのを感じました。
弟は慌てて机からペンとメモ用紙を取り出し、何かを書き留め始めます。

「はい、わかりました」

その一言と共に、電話は静かに切れました。
弟はしばらく呆然とし、手元のメモをぼんやりと見つめていました。

「な、なんだったんだ?」

私が尋ねると、弟は低い声で答えました。

「……亡くなっている人の住所を教えるから、そこへ行ってくれって。
警察でもないのに、意味わかんねえ……とりあえずメモだけしたけど」

部屋の空気は一転して、冷たい緊張感で包まれました。
どこか遠くで時計がカチカチと時を刻む音がやけに大きく聞こえ、私は喉が渇くのを感じました。
弟もまた、顔色が青ざめていました。

──
そのまま、私たちは奇妙な違和感を抱えたまま、眠りに落ちていきました。
夢と現実の境界が曖昧になった夜。
時折、弟の寝息の合間に、なおもどこかから微かなバイブ音が耳の奥で反響するような錯覚に苛まれました。

翌朝、差し込む朝日の中で、昨日の出来事が夢ではなかったことを悟ります。
机の上には、弟が乱雑に書き殴ったメモがそのまま残されていました。
住所の文字はどことなく歪み、慌てて書いた緊張がにじみ出ていました。

私は弟のスマートフォンを確認しました。
しかし、「136」からの着信履歴は、どこにも残っていなかったのです。
腑に落ちない不安が、じわりと胸の奥に広がりました。

Googleで「136」を調べてみると、それは電話履歴を確認するためのサービス番号であり、通常はオペレーターから直接電話がかかってくることはないと書かれていました。
不穏な疑念がさらに深まります。

メモに記された住所を地図で調べてみると、人里離れた山間部にぽつんと点在する、地元でもほとんど知られていない場所でした。
静寂と湿気に包まれた森の奥、舗装もまばらな細い道がそこへと続いていました。

弟は、信じがたい現実を前に、しばらく黙り込んでいましたが、やがて決意した顔つきで言いました。

「そんな遠い場所じゃないし、友達と行ってみるわ」

私は、弟の不安と興奮が入り混じった目つきを見て、「おう」とだけ応じました。
心のどこかで、何か良からぬことが起こる予感がじっとりとまとわりついて離れませんでした。

──
その日の夕方、家の中は妙に静かで、両親はまだ仕事から帰っていませんでした。
私は一人で軽食をつまみながら、テレビの音に気を紛らわせていました。
そんなとき、不意に弟から電話がかかってきました。
着信音が鳴った瞬間、心臓が一拍跳ね上がりました。

「兄ちゃん、ヤバいことになった。
今、警察にいる……」

弟の声は、普段の軽さが微塵もなく、震えるような緊張に満ちていました。
私は状況を飲み込めず、思わず声を荒げました。

「何だよ、一体どうしたんだ?」

弟は要領を得ないまま、警察署にいることと、友人二人と一緒だということだけを告げました。
いても立ってもいられず、私は急いで上着を羽織り、冷たい夜風の中を駆け出しました。
街灯の下、アスファルトの冷たさが靴底越しに伝わり、鼓動が速まっていきます。

警察署に着くと、蛍光灯の白々とした光が無機質に頭上を照らしていました。
受付の向こうで、弟と友人たちが沈鬱な表情で椅子に座っていました。
弟の瞳はどこか焦点が定まらず、顔色がさらに青白くなっています。

事情を聴くと、こうでした。

メモの住所へ向かうと、そこには時代から取り残されたような廃墟がありました。
外壁には蔦が這い、ガラスは割れ、窓枠からは冷たい風が吹き込んでいたといいます。
弟たちは好奇心半分、おそるおそる中に足を踏み入れました。
埃とカビ、朽ちた木材の臭いが鼻をつき、床にはゴミや落ち葉が積もっていた。
懐中電灯を頼りに進むと、部屋の片隅で何か白く乾いたものが目に留まりました。

それは、人の骨――しかも、明確に人間の頭蓋骨や肋骨とわかるものでした。
弟たちはパニックになり、慌てて警察に通報。
そのまま事情聴取のため、警察署に連れてこられたというのです。

警察には「心霊スポット巡りをしていたら偶然見つけた」と話を合わせました。
警察官は、弟たちがいたずらではないことを見抜いている様子で、重苦しい空気が部屋全体を覆っていました。
遺体は首吊り自殺の痕跡があり、死後かなりの年月が経っているとのこと。
結局、私が保護者代理として迎えに行ったことで、ようやく家に帰されることになりました。

──
それから、弟の様子が徐々におかしくなり始めました。

最初は、何気ない夜、弟がぽつりとつぶやきました。

「今、テレビに……何か変なの映らなかった?」

私は最初、冗談かと思いましたが、弟は真剣な表情で、テレビ画面の隅に「一瞬、女の人の影が見えた」と訴えてきます。
私は念のため録画を見返しましたが、何も映っていません。
それでも弟は、何かに怯えたような顔で、頻繁に部屋の隅やテレビの画面を警戒するようになりました。

やがて、日常生活でも「今、女の影が見えた」と訴えるようになりました。
弟の顔には常に不安の色が張り付き、目つきが鋭く、肩は常に強張っていました。
夜になると、弟は外出を拒み、風呂や洗面所にも独りでは行けなくなりました。
時折、部屋の隅をじっと見つめ、体を小さく震わせていました。

両親に相談しても、取り合ってもらえず、「気のせいだ」「疲れてるんだろう」と一蹴されるだけでした。
私は焦燥感と無力感に苛まれながら、藁にも縋る思いで神社に弟を連れて行き、お祓いを受けさせました。
御守りを弟のカバンや枕元に忍ばせ、友人たちにも相談して、あらゆる手を尽くしました。

しかし、それでも弟の状態は悪化する一方でした。
日々やつれていき、肌の色がどんどん青白くなり、夜になると恐怖で涙を流すこともありました。
私は、弟の心と魂が、何か見えざるものに捕らわれているのだと確信しました。

──
やがて、両親もようやく弟の異常に気付き、知人を通じて評判の霊能力者を紹介してもらうことになりました。

除霊当日。
春の雨が降りしきり、家の中はじっとりと湿った空気に包まれていました。
薄暗い居間に、白装束の女性三人が静かに現れました。
鈴の音と共に澄んだ声でお経を唱え、線香の芳香が部屋に満ちていきます。
弟は、怯えと緊張で体を強張らせ、両手をぎゅっと握りしめていました。
私は、途中から心臓が早鐘を打つようになり、額に冷たい汗が滲みました。

長い儀式の末、女性の霊能力者が静かに語りました。

「除霊は終わりましたが……失敗しました。
霊の念が非常に強く、何を求めているのか全くわかりません。
会話も成立しない状態です。
おそらく、何か望みを叶えれば成仏できるはずですが……」

その言葉に、私は深い絶望と恐怖を同時に味わいました。
弟はもう元には戻らないのではないか――そんな考えが、黒い霧のように頭を覆いました。
涙がこぼれ、無力感に打ちひしがれました。

──
それでも、私は諦めきれませんでした。
最後の望みをかけ、私は警察署に赴き、廃墟で発見された遺体について情報を求めました。
警察は最初、頑なに口を閉ざしましたが、私が必死に食い下がると、渋々教えてくれました。

亡くなっていたのは若い女性。
死因は首吊りによる窒息死。
身元は特定できず、廃墟の元管理人や関係者もすでに亡くなっており、事件性はないが、長らく発見されずに放置されていた、とのことでした。

私は、もしかしたらこの女性の魂が、救いと供養を求めて弟に縋ったのではないか、と確信しました。

──
最後の手段として、私は再び廃墟へ向かう決意をしました。

灰色の夕暮れ、肌寒い風が吹き抜ける中、私は線香と白い花をコンビニで買い求め、森の奥へと歩を進めました。
木々の間を抜けると、まるで時間が止まったかのような廃墟が現れました。
夕闇の中、建物の影が長く伸び、割れた窓からは冷たい空気が漏れ出していました。

私は手を震わせながら、廃墟の前に立ち、線香に火を付け、花をそっと地面に置きました。
湿った土の匂い、朽ちた木材の臭気、夜の冷気が肌を刺してきます。
目を閉じて、心の底から祈りました。

「どうか、安らかに眠ってください。
もう、弟を苦しめないでください。
あなたのことを忘れません。
成仏してください……」

その瞬間、背後の闇の中から、風に混じって、かすかに女性の声が聞こえました。

「……ありがとう……」

その声は、確かに耳の奥に、そして心の中に響きました。
私は全身が粟立ち、血の気が引くのを感じました。
声にならず、息を呑んだまま、全速力でその場から逃げ出しました。
森の木々がぶつかる音、足音、心臓の激しい鼓動――世界が一瞬、スローモーションになったような感覚でした。

──
驚くべきことに、その夜を境に、弟の様子は劇的に回復していきました。

数日もしないうちに、怯えや憔悴は消え、以前のような明るさと、時にうるさいほどの元気を取り戻しました。
女の影も、二度と彼の前には現れませんでした。

私は、あの廃墟に放置された女性の魂が、誰にも発見されず、苦しみの中で助けを求め、偶然にも弟がその呼び声に応えたのだと思っています。
供養されることで、ようやく安らぎを得たのでしょう。

弟に、この出来事に心当たりはあるかと問いかけました。
彼は首を振り、「唯一思い当たるのは、ゼミの研究でその地域に行ったことがあるくらい」と答えました。

──
今も、夜更けにふとあの出来事を思い返すことがあります。

あの時、弟と私が共有していた六畳間の空気、廃墟の湿った匂い、耳の奥で響く「ありがとう」という声。
それは、私の心の奥に、今もなお澄んだ余韻となって残り続けています。

あの夜、携帯電話のバイブ音で切り裂かれた静寂の向こうには、確かに、誰かの助けを求める強い念があったのです。
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