「ありがとう」――その女の声が、廃墟の闇に響いた瞬間、私は凍りついた。
現場に線香と花を供え、ただ必死に「どうか成仏してください」と祈った直後の出来事だった。
声にならない恐怖と安堵が同時に押し寄せ、逃げ帰る足は震えていた。
その後、弟の異変は嘘のように消えた。
女の影も、怯えも。
まるで何事もなかったかのように、弟は元気を取り戻した――あの夜を境に。
だが、なぜ私がそんな夜を迎えることになったのか?時計の針を少し戻そう。
数日前。
私は警察署にいた。
弟のために、廃墟で発見された遺体について食い下がるように尋ねていた。
警察が渋々教えてくれたのは、若い女性の自殺、そして関係者は既に全員他界し、調査の手段も途絶えているという事実。
私は、もしかしたらあの霊は、ただ誰かに見つけてほしかっただけなのでは、と考え始めていた。
さらにその前。
弟はひどく怯えていた。
女の影に取り憑かれ、外にも出られず、風呂や洗面所すら怖がる。
お祓いも除霊も効かず、霊能力者たちでさえ「霊が強すぎて会話にならない、何を望んでいるかわからない」とお手上げ。
家族も戸惑い、私は絶望しかけていた。
事の発端はこうだ――
あの日の夜、弟の携帯に「136」から謎の着信があった。
深夜、誰もが寝静まる実家の一室で、弟はその電話に出て、見知らぬ住所をメモした。
「亡くなっている人の住所を教えるので、そこへ行ってくれ」と謎の指示。
私たちは悪戯か悪夢だと思ったが、翌日、弟は友人たちとその住所に向かい、廃墟で本当に白骨死体を発見した。
警察に通報し、事情聴取。
だが、ここからが地獄だったのだ。
帰宅後、弟にしか見えない「女の影」が現れ始めた。
最初はテレビに映る黒い影、次第に日常にも現れ、弟は精神的に追い詰められていく。
家族はあらゆる手を尽くし、最後は除霊師にすがったが、霊は「何かを強く訴えているが、その願いがわからない」としか伝わらなかった。
なぜ、弟が選ばれたのか。
なぜ、あの番号から電話があったのか。
すべてはあの夜、廃墟で見つかった孤独な遺体が、誰かに自分の存在を知ってほしかったからなのかもしれない。
弟に尋ねても、心当たりは「ゼミであの地域に行ったことがある」程度だった。
今でも、廃墟で聞いた「ありがとう」の声が忘れられない。
弟の恐怖も、霊の苦しみも、すべては誰にも気づかれなかった一つの命の叫びだったのかもしれない。
怖い話:「ありがとう」の声が響いた夜――遡る奇妙な供養事件
「ありがとう」の声が響いた夜――遡る奇妙な供養事件
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