それはイカの群れなどではなかった。
釣り糸にしがみつく無数の人間の手――その恐ろしい光景と目が合い、私は全身が凍りついた。
岩に固定した竿がバキッと音を立てて外れ、次の瞬間、私の愛用の竿は海へと飲み込まれて消えたのだ。
霊たちはイカのように群れていたのではない。
彼らは、私を底知れぬ海へ引きずり込もうとしていた――。
その直前、私は釣り糸を群れの影に向けて投げていた。
思いがけず強い引きに大物かと胸を躍らせ、慎重にリールを巻く。
だが、竿に伝わる力は不規則で、まるで生き物ではない何かが絡みついているようだった。
体力を奪われ、竿を岩の隙間に固定し、一息つきつつ群れの正体を確かめようと岩場から身を乗り出した。
私はその時まで、ただイカの群れが現れたのだと信じていた。
だが、すべてはその数十分前から動き始めていた。
私は釣果に恵まれず、そろそろ帰ろうかと考えていた。
ふと海面下に黒い大きな影が見え、平日で静まり返る岩場に、突如として異様な気配が漂い始めた。
釣り好きの間で「良く釣れる」と評判の穴場。
しかし、なぜこんな場所にイカが大群で現れるのか、不思議でならなかった。
時計の針をさらに戻そう。
その日、私は趣味で磯釣りに出かけた。
地元の釣り仲間から教わった崖のように高い岩場。
海面までは垂直の岩肌が続き、水深はかなり深い。
人影も少なく、静かな一日になるはずだった。
午前中は不調、午後も釣果は芳しくない。
だが、その静けさの中に、誰も予想しなかった異変が潜んでいた。
実は、あの岩場は地元では自殺の名所として知られていたのだと、後になって知った。
あの日、私が出会った無数の手と顔は、ただの幻覚ではなかったのかもしれない。
彼らは、絶望と怒りの中で海に消えた人々――。
釣り竿を失った代わりに、私は二度と岩場に近づかなくなった。
あの恐怖の瞬間が、今も脳裏に焼き付いて離れない。
怖い話:崖の上の釣り場で見た“人の手”の正体――逆転怪異譚
崖の上の釣り場で見た“人の手”の正体――逆転怪異譚
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