春の兆しが街の角を曲がり、窓の隙間から柔らかな日差しが台所の床に模様を描いていた。
私はまな板の上で玉ねぎを刻みながら、遠くで鳴くカラスの声に耳を傾けていた。
静寂の中に、ふとした不穏さが潜んでいるのを、私の指先はどこか知っていた。
その日も、彼女は予告なくやってきた。
近距離別居の姑、真知子——。
昼時になると、決まってこの家の扉を叩く。
扉の外から差し込む陽光の中、彼女の影が歪んで揺れるのを、私は何度も見てきた。
「こんにちは。
今日も急でごめんなさいね」
その声には、悪びれる色はない。
まるで春風のように、勝手気ままに吹き込んでくる。
しかも最近は、彼女の友人を連れてくることが習慣になった。
女たちの甲高い笑い声が廊下に満ちるたび、我が家の空気はかすかによそよそしくなる。
真知子は持病のため、まずはトイレに向かう。
それが彼女の儀式のようだった。
私は静かに台所に立ち、鍋の中で湯気が立ち上るのを見つめていた。
ウォッシュレットの音が背後からかすかに聞こえる。
だが、その日は少しだけ細工を施しておいた。
ほんの、ささやかな抵抗だった。
突然、家の静けさを破るように、トイレから悲鳴が響いた。
「あにゃゃゃーっ!」
思わず包丁を置き、私は息を止めた。
台所の窓越しに吹き込む風が、カーテンをかすかに揺らしている。
やがて、足音が廊下を震わせ、真知子が戻ってきた。
彼女のズボンには、濃い水の跡がついていた。
友人たちの間に、ひそやかな笑いが走る。
「どうしたの、そんなに慌てて。
まるで子どもみたい」
友人のひとりが、からかうように声を上げた。
真知子の頬に、羞恥と怒りが複雑に混じった色が差した。
「あなたに言われたくないわよ!」
言葉は鋭く、空気を切り裂いた。
やがて二人は声を荒げ、静かな午後に嵐が訪れた。
互いの小さな不満や羨望が、一気に暴かれる。
彼女たちの友情は、それまで私に語ってきた「嫁の心得」ほどには強くはなかったらしい。
喧嘩の果て、二人は肩を怒らせて玄関を出ていった。
扉が閉まる音が、静寂の合図のように家中に響いた。
その日から、二週間が過ぎた。
電話も、突然の訪問もない。
春の光はますます柔らかく、キッチンには激辛カレーやキムチうどんの余韻だけが残っている。
私の小さな悪戯が、これほどの効果をもたらすとは思わなかった。
窓の外では、桜の花びらが風に舞っている。
私はコーヒーを一口すする。
苦味が舌に残り、静けさが心に染み入ってくる。
「この平和がいつまで続くのか」——そんな思いが、春の陽だまりの中で、ゆっくりと溶けていった。
スカッとする話:静けさの午後、友情は水音に消えて
静けさの午後、友情は水音に消えて
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