夕暮れ時、街は黄昏色に染まり始め、コンビニの白い蛍光灯が店内をまぶしく照らしていた。
自動ドアの内側に足を踏み入れた瞬間、外気の肌寒さから解放される。
目の前には棚に整然と並ぶ雑誌たち。
紙とインクとコーヒーの香りが、ほのかに混じり合って漂っている。
私は最新刊の週刊誌を手に取り、パラパラとページをめくった。
紙のざらりとした質感、指先に微かに残るインクの匂い。
レジ前のBGMは控えめな音量で、店内にはどこか落ち着いた静けさが流れていた。
その静寂を、突如として破る音。
ガラス戸が激しく開き、冷たい外気とともに一人の男が駆け込んできた。
彼は明らかに大柄で、ゴツゴツした手の甲には油汚れがこびりついている。
制服の胸には運送会社のロゴが浮かびあがり、彼の背には一日中シートに押し付けられてできた汗染みが広がっていた。
顔は青ざめ、額には玉のような脂汗がにじんでいる。
彼の瞳は焦点を結ばず、何かに追い詰められた獣のような切迫感が色濃く表れていた。
「ちょ!トイレ、借りッス!!」
声は震え、喉の奥から絞り出されるような、掠れ気味の叫び。
店員の青年は一瞬きょとんとしたが、すぐに状況を察し、無言で頷いた。
その刹那、運転手は全身を小刻みに震わせながら、カウンター脇のトイレへ一直線に駆け出す。
靴底が床を滑るような音、ベルトのバックルが金属音を響かせ、スピードを上げるごとに彼の息遣いは荒く、肩は大きく上下していく。
ドアノブに手をかけ、腰をひねりながらベルトを外そうとする動作──動と静が交錯する一瞬。
しかし、ドアには無情にも赤く灯る「使用中」の表示。
ノブが回らない。
時間がスローモーションのように引き延ばされ、運転手の目が大きく見開かれる。
全身の筋肉がこわばり、喉から漏れる呻き声。
額の汗は頬を伝い、シャツの襟元に吸い込まれていく。
「んだらっしゃコラァァアァアアアアア!!!」
絶望と怒りと羞恥が混じり合った、野太い咆哮。
店内の空気が一瞬で張り詰め、私は思わず雑誌を持つ手を固く握りしめた。
運転手の体が微かに震え、その瞬間、彼の肛門から重低音の轟音が響き渡る。
乾いた破裂音、湿り気を帯びた不穏な響き──それはもはや理性の制御を超えた生理的な爆発だった。
瞬く間に、店内の空気は重く、濃厚な悪臭で満たされる。
アンモニアの刺激臭、消化されきっていない食べ物の発酵臭、汗と油の混じった人間的な臭い。
私の鼻腔を突き刺し、思わず後ずさる。
運転手はうなだれ、トイレの前で全てを悟ったかのような表情で立ち尽くしていた。
その横顔には諦念と、どこか遠い場所を見つめるような達観が浮かんでいる。
彼は、ただただ静かに呼吸を整える。
胸が上下し、瞳は虚空を彷徨う。
長距離運転の孤独や、休憩できないプレッシャー、過去に何度も同じような窮地を味わった記憶の断片が、彼の脳裏を駆け巡るのだろう。
――朝焼けの高速道路、冷え切った缶コーヒー、眠気と戦う後部座席の思い出。
私は、彼の背中を見つめながら、自分のスマートフォンを取り出す。
トイレの中には友人がいる。
彼もまた、この異常事態から逃れられぬ運命にある。
私は苦笑しつつ、震える手でメッセージを打つ。
「メッチャやばいから今夜はトイレから出ない方がいい」
指先が汗ばみ、画面に滲む自分の動揺。
送信ボタンを押した瞬間、私はこの場の空気の重さに耐えきれず、そっと雑誌を棚に戻した。
自動ドアが再び開き、夜の冷たい風が頬を撫でる。
店内の光と外の闇が交錯する中、私は一歩、また一歩とコンビニを後にした。
背後に残るのは、酸っぱい臭気と、人生の一瞬の悲喜こもごも。
笑える話:コンビニの静寂を切り裂く──運転手の切迫と人間の尊厳が交錯する一瞬の劇場
コンビニの静寂を切り裂く──運転手の切迫と人間の尊厳が交錯する一瞬の劇場
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