それは人間ではなかった。
夜明け前、裏道の交差点で見張りをしていた俺は、赤い光に照らされたマンホールの前で、半身を穴に突っ込んだまま動かない男の不気味な姿を目撃した。
顔は歪み、笑っているのか判別できないその表情からは、じっとりとした憎悪が滲んでいた。
俺は直感的に「ここに居てはまずい」と悟り、全身が硬直した。
やがて大通りから車が入ってきてヘッドライトが辺りを照らし、我に返ってマンホールを確かめると、そこにはもう誰もいなかった。
黒い穴だけが静かに口を開けていた――。
その恐怖の瞬間まで、あたりは異様なほど静まり返っていた。
深夜の住宅街、工事現場の見張りは普段の喧騒とは違い、車も人もほとんど通らない。
最初の一時間で車が二台通ったきり、街の灯りも次々と消えていく。
俺は「サボり放題じゃん」と独りごち、ぬるい気分で赤い誘導棒を振り回していた。
だが、不意に聞き慣れない物音が響き、工事区画のマンホール付近に異様な気配を感じた。
「何かいる」と思い、近づいていった。
その3時間前――。
俺は久々に裏道の夜勤に回されていた。
普段は国道沿いの騒がしい現場ばかりだが、その日は静かな裏道の水道工事現場。
車の通行は規制され、ラッキーなことにうるさい先輩もいない。
自販機とトイレの位置を確認し、狭い交差点の角で一人立つ。
好きな妄想にふけるのにもってこいの夜。
早朝に早番が来るまで、車が工事区画へ入らないよう見張るだけの、気楽な仕事だった。
工事現場での夜勤が始まったのは、数年前のことだ。
単調な日々の中、俺は人の流れや街の灯りを眺めて過ごしていた。
特に裏道の夜は、静寂が心地よく、妄想にふけるには最高の環境だった。
だが、あの夜だけは違った。
異様な静けさの中に、何か得体の知れないものが潜んでいたのだ。
実は、あの瞬間以来、俺はマンホールを見るだけで気分が悪くなるようになった。
もしあなたが深夜の裏道で、同じような人影を見かけたなら――それは人間ではないかもしれない。
決して、近づいてはいけない。
仕事・学校の話:「それは人間ではなかった」──静寂の交差点で見たもの
「それは人間ではなかった」──静寂の交差点で見たもの
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