朝の光が薄く店内を満たし始めるころ、私はいつものようにセイコーマートの制服に袖を通していた。
レジ横のガラス越しに、春浅い北国の空気がふんわりと漂い込み、まだ眠たげな並木道の先に、今日も小さな日常が続いていく。
三年。
気づけば、あのオレンジ色の看板の下で私が過ごした月日は、静かに積み重なっていた。
日々、店を訪れる人々の顔ぶれはささやかに移ろい、しかしその中に、決して変わらないものもあった。
たとえば、白い杖を握る少年の存在。
彼は生まれながらにして視力を持たず、母親の手に導かれて、週に二度、あるいは三度、店の自動ドアの前に現れた。
杖の先が床をコツコツと叩く音は、初春の凍った空気をやさしく溶かすように、私の心に響いていた。
その日も、淡い曇り空の下、いつもの時間より少し早く、少年はひとり入口に立っていた。
白い杖が戸口の足元を探る。
ガラス戸は静かに閉じられている。
私はレジを離れ、そっと近づいた。
手を伸ばして戸を引こうとした、そのときだった。
「お前、目が見えないんだろ?」
甲高い声が、店の前の舗道に弾んだ。
振り返ると、同じくらいの年頃の少年たちが二人、こちらをじろじろと見ている。
春の風が、ふたりの制服の裾をかすかに揺らしていた。
「素直に親が帰るまで、家で大人しくしてろよ。
バカだなあ。
」
言葉の棘が、思いがけず私の胸に刺さった。
無邪気な悪意。
いや、無知という名の冷たさ。
障害を持つ人に向けられる視線の、あの乾いた痛み。
私は咄嗟に、二人に声をかけようとした。
だが、その瞬間。
「ほら、先に入れよ。
ドア開けとくから。
」
予想外の言葉が、空気を震わせた。
ひとりの少年が、もうひとりの肩を軽く叩き、少年に向かって手を差し出したのだ。
春先の薄曇りの空が、静かに明るさを増していく。
彼らの手のひらが出会う音が、私の耳にははっきりと聞こえた。
「何を買いに来たの?」と、少年のひとりが尋ねる。
「お母さんが熱を出してるの。
だから、水枕の氷を買いに来たんだ。
」
言葉は一途で、どこまでも真っ直ぐだった。
私は胸の奥に、温かなものが広がるのを感じた。
少年たちは、迷うことなく彼の手を取り、ゆっくりと店の中へ歩き出す。
その足取りはぎこちなくも、どこか頼もしい。
氷の棚の前まで、三人の影が並ぶ。
冷蔵ケースを開けると、凍った空気が手の甲を撫でていった。
少年たちは氷を手に取り、レジへと向かう。
「398円です。
」
私が告げると、少年たちは顔を見合わせ、にっこりと笑った。
「いいよ、俺が払っとくよ。
その代わり、君のお母さんが良くなったら、一緒に遊ぼうな!」
レジの上で、硬貨が小さく跳ねる音がした。
私は彼らの小さな勇気に、静かな感嘆を覚えた。
会計を終えた三人は、店の外へ。
ひとりは氷を大切そうに抱え、もうひとりは白い杖を持つ少年の手をそっと引いていった。
春の陽射しが、歩道に淡い影を落とす。
三つの影が、やがて角を曲がって見えなくなった。
私はガラス戸越しに、しばらくその風景を見送っていた。
人は時に、思いがけない場面で成長するのだろう。
冷たい言葉の裏に潜む臆病さも、そして、たった一つの「手を差し伸べる」という行為がもたらす奇跡も、私は目の当たりにした。
小さな背中たちは、困難の中でこそ互いに支え合うことができる、そんな可能性を静かに教えてくれた。
春の風が、店の中に新しい空気を運んでくる。
私はレジのカウンターに手を添え、静かに目を閉じた。
心の奥に、そっと、温かな余韻だけを残して。
感動する話:白い杖と氷のレジ―セイコーマートの小さな友情譚
白い杖と氷のレジ―セイコーマートの小さな友情譚
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