投稿の順序を逸脱してしまうこと、まずは深くお詫びします。
過去の記録を丹念に辿っていくうち、私が経験した出来事と響き合うような体験を持つ方々の存在を知り、胸の奥底から何かがこみ上げてきました。
まるで言葉にならない叫びが、記憶の奥底から這い上がってくる。
創作だと一蹴される覚悟はできています。
けれど、どうか、この物語だけは――この世界の片隅に、そっと置かせてください。
私はこれまでに三度、あちら側の世界を訪れたことがあります。
もっと正確に言えば、「もし、あそこが異世界であったならば」と、未だに自問自答を続けています。
最初は9歳か10歳の、心も体も小さかった頃。
二度目は23歳、社会に出て現実の重さに押し潰されそうな頃。
そして三度目は、今から10年ほど前、36歳の時でした。
奇妙なことに、それぞれの訪問は、私の人生が最も混乱し、心が疲弊しきっていた時期に限られていました。
【第一章:最初の境界/闇の中の森】
私が最初に異世界へ足を踏み入れたのは、幼い心が限界に達していた冬の夜でした。
学校では毎日、容赦のないいじめが続き、家族にも安らぎはありませんでした。
家では父と母が夜ごと声を荒げて言い争い、薄暗い居間にはテレビの音も、笑い声もなく、ただ重苦しい沈黙だけが漂っていました。
私はいつも、布団の中で小さく丸まって、ひたすら眠りが訪れるのを待つしかありませんでした。
ある夜、夢現のような感覚で目を覚ますと、まだ外は深い闇に包まれていました。
窓の外には遠くの街灯の明かりがぼんやりとかすんで見え、冷たい空気が窓硝子を曇らせていました。
何に突き動かされたのか、自分でもわかりません。
ただ、心の中に渦巻く不安や孤独が、私を布団から引き剥がし、玄関の扉を開けさせたのです。
外の空気は肌を刺すように冷たく、私の頬をなでる夜風には、どこか土と草の湿った匂いが混じっていました。
気がつけば、私は見知らぬ森の中を歩いていました。
夜の森は圧倒的な静寂に満ち、足元に積もる落ち葉がかすかに湿って、歩くたびにぺちゃり、ぺちゃりと音を立てました。
木々は密集し、枝葉が夜空を覆い隠して、わずかな月明かりだけが水面のように地面を照らしていました。
私は子供心に、ここはまるでジャングルだ、と呟いていました。
空気は重く、呼吸のたびに胸が詰まるような圧迫感。
指先がじんわりと冷え、足元には朝露とも夜露ともつかない湿り気がまとわりついていました。
どれほど歩いたのか、時間の感覚は曖昧でした。
ただ、気づくと森の中に微かな夕暮れ色が差し込んでいました。
橙色の斑点が木漏れ日となり、闇の中に小さな希望のように浮かび上がっていました。
私は心細さと好奇心が入り混じったまま、ふらふらとその光を追い続けていました。
やがて、私は森の奥で一人の老婆と出会いました。
彼女の顔は刻まれた皺が深く、歳月の重みを物語っていました。
彼女は不思議なほど静かな声で、片言の日本語を話し、私を自分の家へと招き入れてくれました。
村は小さな集落で、どこか東南アジアの山奥に迷い込んだような、素朴で原初的な雰囲気が漂っていました。
家々は木と藁でできており、電気の明かりはなく、暖かな焚き火の橙色の光だけが人々を照らしていました。
老婆の家族は、私をまるで失われた家族のように迎え入れてくれました。
彼女の家には五人の子供たちがいて、それぞれが輝くような笑顔を浮かべていました。
彼らの笑い声は、どこか懐かしく、温かな音色で私の胸に響きました。
私は彼らとすぐに打ち解け、木の実や果物を分け合い、素朴な遊びに興じました。
暖かい家族というものを知らなかった私は、この夢のような空間に、無意識のうちに心を委ねていました。
滞在はおそらく三日ほどだったと思います。
朝は炊きたてのご飯の匂いで目覚め、昼は森で木の実を摘み、夜は焚き火の灯りの下で物語を語り合いました。
村の空気は清らかで、どこか花の蜜のような甘い香りが漂い、土の温もりが足裏からじんわりと伝わってきました。
しかし、突然、子供たちに呼ばれて外に出た瞬間、私はあの村を離れ、元の世界の夜の玄関先に立っていました。
あたりは静まり返り、家の中からは母の怒った声が響きました。
「何やってんの!」――その声は現実への呼び戻しであり、私は一瞬にして夢から覚めたような感覚に襲われました。
家に戻ると、時の流れはほとんど感じられず、服は泥にまみれ、腕には植物のツルが残した細かな傷がいくつも刻まれていました。
しかし、私はそれらの証拠すらも、「きっと夢だったのだ」と自分に言い聞かせるしかありませんでした。
数か月後、両親は離婚し、私は母の実家に引き取られました。
あの森の記憶は、徐々に現実の喧騒にかき消され、心の奥底で静かに眠り始めました。
【第二章:再びの越境/大人になった私と、もう一つの現実】
十数年が過ぎ、私は高校を卒業すると同時に上京しました。
母親は再婚し、私は祖父母に育てられ、家族の中で常に「余所者」のような気持ちを抱えながら成長しました。
父親や自分への悪口が日常の一部となり、安らげる場所はどこにもありませんでした。
現実から逃げるように、私はブラック企業で働き始めました。
責任だけが増える職場、安い給料、休みのない日々。
心も体もすり減っていきました。
23歳のある休日、私は耐えきれず、普段は飲まない酒をあおっていました。
アルコールは口の中で苦く、喉を焼くように下っていきました。
胃が重くなり、頭がぼんやりする中、再びあの森への扉が開かれたのです。
意識が薄れる中、「ここだ……」「夢じゃないのか?」――心の中で叫びながら、私は気がつくと、あの懐かしい森の中に立っていました。
夜の森は以前よりも深く、木々のざわめきや、どこからか聞こえる得体の知れない虫の声が、私の鼓動と共鳴するように響いていました。
不安と期待が入り混じり、指先が震えるのを止められませんでした。
森の奥で、一人の若い女性が現れました。
彼女は片言の日本語を話し、柔らかくもどこか寂しげな声で私を村へ導いてくれました。
村の景色は以前と変わらず、木造の家々が寄り添い、焚き火が暖かく人々を照らしていました。
現実世界の重苦しさを思い出すたび、「ここでなら、もうどうでもいいや」と投げやりな気持ちが心を支配していきました。
女性は、幼い頃に両親を亡くし、近所の人に育てられたと語りました。
彼女の瞳は湖面のように静かで、時折、遠い記憶を覗かせるような憂いが浮かんでいました。
私は彼女に惹かれていきました。
村の生活は原始的でしたが、不思議なほど心が満たされていくのを感じました。
焚き火のぬくもり、土の匂い、子供たちのはしゃぎ声――五感が現実よりも鮮明に研ぎ澄まされ、「本当に生きている」と実感できる瞬間がそこにはありました。
不安はありましたが、私は村に三か月ほど滞在しました。
彼女と親密になり、村人たちは二人の関係をからかいながらも温かく見守ってくれました。
夜になると、彼女と並んで焚き火を見つめ、その沈黙の中に安堵や幸福が満ちていきました。
火がはぜる音、彼女の微かな笑い声、遠くの森から聞こえる梟の鳴き声――その一つ一つが、私の心を満たしてくれたのです。
しかし、ある日、何の前触れもなく私は現実世界に戻っていました。
部屋の中は冷えきり、机の上の時計はほとんど動いていませんでした。
私の涙は止めどなく溢れ、あの世界の彼女にもう二度と会えないのだという喪失感が胸を締めつけました。
【第三章:三度目の邂逅/時を超えて重なる運命】
それから年月が流れ、私は36歳になっていました。
地方に移り住み、家庭を持ち、表向きは「堅実な人生」を歩んでいました。
しかし、会社と家の往復だけの日々、妻の浮気と長く続く家の空虚。
いつしか、私は完全に心が摩耗し、「あの世界にいられたら」と願うようになっていました。
ある夜、会社からの帰路、眠気と疲労で意識が朦朧とする中、私は再びあの森へと導かれました。
空気は湿り気を帯び、草木の香りが鼻腔をくすぐります。
足元の土は柔らかく、闇の中に浮かぶ村の灯りが、私を誘うように瞬いていました。
村に着くと、以前の女性の家には、9歳か10歳ほどの少女がいました。
彼女は警戒心を隠せないまなざしで私を見つめ、片言の日本語で私の素性を尋ねました。
家の中には母親が病で横たわっていること、父親は既に他界していることを知ります。
村人たちも、私を「何者だ」と訝しげに見つめました。
私は「迷ってこの村に来てしまった。
どうか、ここで住まわせてください」と頭を下げ、村の長老の家に一晩泊めてもらいました。
翌朝、少女の母親が亡くなり、私は自然と彼女の面倒を見る役目を引き受けていました。
少女の顔立ちはどこか懐かしく、ふとした仕草に過去の面影がよぎりました。
その時、私は気づきました。
少女はかつての恋人であり、最初に出会った老婆だったのだと。
彼女もまた、私が誰なのかを理解しているような、静かな微笑みを浮かべていました。
少女はやがて成長し、二十歳を超える頃には、私は村を離れることになりました。
三年目のある日、私は突然、元の世界へと戻されてしまいました。
時間は一日しか経っておらず、会社からの不在着信がスマートフォンに残っていました。
無断欠勤で咎められたものの、それ以上の罰はありませんでした。
ただ、私の外見は激変していました。
三年分の歳月が皮膚に刻まれ、髪は白髪混じり、肌は濃く日焼けし、皺が深く刻まれていました。
周囲はストレスによる急激な老化だと受け止め、私は休職を命じられ、病院に通うことになりました。
【最終章:境界の余韻/夢か現か、終わらぬ問い】
あの世界への扉が再び開かれることはありませんでした。
私は日々の暮らしの中で、「もう生きている意味がないのでは」と自問することが増えていきました。
時折、あれはすべて夢だったのだと思おうとします。
逆に、夢であれば最初から存在しない世界だったのだと、自分を納得させようとします。
しかし、自分の体に刻まれた傷跡や、記憶の中で鮮やかに蘇る森の匂い、焚き火の温もりは、どうしても夢だとは思えませんでした。
あの世界に二度と行けないことが、これほどまでに苦しいものなのか――私は、ただ一つだけ希望を抱き続けています。
最初に訪れた時、老婆が「つい最近、夫が亡くなった」と呟いていたのを、私は微かに覚えています。
もしかすると、その「夫」とは、四度目の転生であの世界に行き、天寿を全うした私自身だったのではないか。
そんな荒唐無稽な妄想が、未来への希望の代わりに、私の心を支え続けているのです。
現実の闇の中で、私は今日も、もう一度あの森の扉が開かれることを夢見ています。
不思議な話:三度目の境界を越えて――異世界と現実の裂け目で繰り返す喪失と再生の記憶
三度目の境界を越えて――異世界と現実の裂け目で繰り返す喪失と再生の記憶
🔬 超詳細 に変換して表示中
読了
スワイプして関連記事へ
0%
記事要約(300文字)
ダミー1にテキストを変換しています...
0%
変換中
コメント