「未完の恋愛感情の心理メカニズム――抑圧・再認識・自己成長の視点から」

本事例は、大学時代のゼミ仲間であったS君への感情が、卒業後も持続している様子から始まります。
表層的には「忘れられない」「想いを伝えなかったことを悔やむ」という行動・感情が記述されていますが、背後にはいくつかの心理的メカニズムが認められます。

まず、過去の未達成な恋愛感情が長期間保持されている点は、精神分析的に「抑圧」や「未完了な欲求」（object seeking）として捉えることができます。
S君への想いを学生時代に伝えられなかった事実は、自己効力感の低下や「後悔」という感情を生み、これが「合理化」や「反芻」といった防衛機制として働いていることが推察されます。
自分の行動を合理化することで、未達成のままの感情を心理的に処理しようとする無意識の動きも見られます。

また、社会人になり環境が変化したにも関わらず気持ちが変わらないのは、「愛着理論」の観点から、過去の関係性が現在の自己概念や対人関係パターンに影響を及ぼしている例です。
ゼミの集まりが月一回という希薄な接触頻度であるにも関わらず、S君への気持ちが維持されているのは、無意識下で「理想化された記憶」や「期待」が維持されているためと考えられます。
これは「確証バイアス」の一種であり、心の中で都合の良い情報のみを強調している可能性があります。

飲み会をキャンセルし、物理的な距離が生じることによる感情の変化については、「認知的不協和」理論が適用できます。
会う機会が減れば自然と気持ちも薄れると自己説得しようとする一方で、実際には感情が薄れないことに違和感を覚えています。
ここで、自己の感情と現実の行動との間に生じる不一致が、内的葛藤（dissonance）として体験されていると解釈できます。

終電間際に届いたS君からのLINEメッセージは、外的な刺激による「再認」の契機となりました。
これは「条件付け」理論における強化刺激に相当し、希薄になりかけていた感情が一気に再燃する現象です。
また、LINEの内容は「共感的メッセージ」と「期待の表明」で構成されており、受け手は自分の存在や努力が承認されたという「承認欲求」の充足を感じたと考えられます。
ここには「自己価値感」の一時的な高揚も見られます。

この瞬間に「やっぱり彼が好きだと気づいた」と自覚するプロセスは、抑圧されていた感情が外的刺激によって意識化された例と言えるでしょう。
加えて、「次こそは好きと伝えよう」と決意する場面は、「補償行動」や「自己効力感の回復」、そして「自己成長への意欲」が示唆されています。
過去の失敗（想いを伝えなかったこと）から学び、次回は行動を変えようとする認知的・行動的変化の萌芽が観察されます。

総じて、本事例は「未完の感情」がどのように個人の内部で維持され、ささいな外的刺激によって再活性化し、自己認識や成長の契機となるかを示しています。
背景には防衛機制、認知バイアス、愛着スタイルなどが複合的に作用しており、個人の心理的成熟や対人関係の深化の可能性も示唆されます。