姉の再婚が決まったという知らせが、ある春の日の昼下がり、柔らかな陽射しがレースのカーテン越しに差し込むリビングに漂ってきた。
窓の外には淡くぼやけた新緑が揺れ、遠くから子どもの笑い声と、時折、近所の犬の遠吠えが混じって聞こえてくる。
部屋の空気はほんのりと甘い花の香りを含み、暖かさと共に新しい時代の訪れを告げていた。
けれど、その光景の中心にいる私は、不思議な緊張と期待とを胸に、姉の晴れやかな笑顔を見つめていた。
姉の再婚相手は、姉より十歳以上年上の男性で、穏やかな口調と落ち着いた所作が印象的だった。
彼もまた再婚者であり、かつての伴侶とは二十年以上前に死別しているという。
彼の声は低く、どこか遠い日の哀しみを孕んでいるようだった。
その語り口からは、長い時の流れと、静かな孤独がにじみ出ていた。
彼には一人息子がいて、その息子が最近結婚したのを機に、二人で新たな戸籍を作ることを決めたらしい。
過去の痛みと希望が、春の光に溶け合うように、家族の新たな物語が始まろうとしていた。
私たち家族は、誰もがこの結婚を心から祝福した。
母は目尻に涙を浮かべ、父は大きくうなずきながら、「よかったなあ」と優しい声で何度も繰り返した。
姉の甥たちも、無邪気に「新しいおじさんだ!」と騒ぎ、家中に明るい笑いが響いた。
その瞬間、家族というものの温かさや、時が与えてくれる癒しの力を、私は身体の芯から感じていた。
頬に伝う涙の塩味と、胸の奥のほのかな痛みは、過去の様々な出来事を静かに浮かび上がらせた。
――けれど、その穏やかな空気は、ある人の登場によってかき乱されることになる。
義母――トメは、晴れやかな空気を裂くように、冷たい声を浴びせてきた。
「そんなの、絶対にだめです!」彼女の声は、普段より一段高く、どこか震えているように聞こえた。
まるで、冬の終わりの鋭い北風が、家の隙間から忍び込んできたような感覚だった。
私は思わず背筋を伸ばし、手のひらにじっとり汗がにじむのを感じた。
トメは言う。
「嫁子さんのお姉さんは、うちのお兄ちゃんのお嫁さんになるべきだったのよ」その言葉には、じっとりとした執着と、どこか幼い願望が絡みついていた。
私は一瞬、耳を疑った。
義兄はすでに結婚して三年も経つ。
しかも、夫婦仲は周囲も羨むほど良好で、互いを思いやる姿は誰の目にも明らかだった。
だが、トメは執拗に、「まだ子供がいない。
うちの姉なら男の子を産める証拠がある。
だから手っ取り早い」と、現実離れした理屈を並べ立てる。
その言葉は、私の胸の奥に冷たい棘となって突き刺さった。
家族の穏やかな祝福の輪が、突然歪み始めるのを感じた。
義母の顔には、強い嫉妬と焦燥が浮かんでいた。
彼女の声の端々からは、家系の「跡継ぎ」への異様な執着や、家庭の中で自分の思い通りにならないことへの苛立ちが滲み出ていた。
過去、彼女自身が家族の中でどれほどの期待や重圧を背負い、満たされない思いを抱えてきたのか、その残滓が、今この場に生々しく立ち上っていたのだった。
「甥たちは、実家の親が面倒を見ればいいでしょう?」というトメの言葉は、まるで人の人生をパズルのピースのように入れ替えられると信じているかのようだった。
その非情さに、私は思わず奥歯を噛みしめ、心臓がドクンと大きく波打った。
指先は微かに震え、口の中はカラカラに渇いていた。
私は、目の前の現実を疑いたくなりながらも、必死に自分を奮い立たせた。
頭の奥では、過去にトメから投げかけられた数々の理不尽な言葉や、家族へ向けられた過剰な干渉がフラッシュバックのように蘇った。
私は、もうこれ以上、誰かが傷つくのを見たくなかった。
「披露宴に呼ばれても、私は行かないからね!」とトメは、最後の抵抗のように叫んだ。
その声は、どこか空虚で、部屋の壁に虚しく反響した。
私は一瞬の沈黙の後、静かに、けれどはっきりと言い返した。
「呼ぶつもりはありませんが、何か?」
その言葉を口にした瞬間、私の中に重く圧し掛かっていた何かが、ふっと消えたような気がした。
冷たく乾いた空気の中に、微かな解放感が漂った。
窓の外を見やると、春風がカーテンを優しく揺らしていた。
新しい家族の物語は、きっと、もう誰にも邪魔されずに進んでいくのだと、私は強く信じた。
その余韻の中で、私は初めて深く息を吐き、静かに目を閉じた。
スカッとする話:祝福と違和感の交錯――家族再編の風景と義母の執着、その奥に潜むもの
祝福と違和感の交錯――家族再編の風景と義母の執着、その奥に潜むもの
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