送られてきた歯には、上下の犬歯だけが欠けていた――。
それを見た町の人々の態度が一変し、事件は不気味な沈静を見せた。
駐在所には、数年前に行方不明になった女性のものと思われる歯が、赤い錦の小袋に詰められ郵送されてきたのだ。
家族はどこか納得した様子を見せ、町中が何かを悟ったように捜査への協力をやめてしまったという。
だが、なぜそんなものが送られてきたのか。
話はさらに数年前の汽車内へ遡る。
あの日、山を下りたばかりの老人は汽車でうたた寝をしていた。
ふと気がつくと、あでやかな着物姿の女が立っていて、「これを家族に渡してほしい」と赤い小袋を差し出してきた。
寝ぼけていた彼はそれを受け取ってしまうが、女の顔を見てぞっとする。
つり上がった目元、不自然な仕草。
袋を返そうとしても女は身をかわし、「お願いします」と繰り返すばかり。
押し問答の末、女の姿はふっと消え、老人は鉄橋を渡る汽車の窓から外を見た。
「川は渡れないのか」とぼんやり思った彼は、小袋を開けて人の歯が詰まっているのを発見し、あわてて町の駐在所宛に郵送したのだった。
そもそもの発端は、さらにその前夜にある。
老人は山中のテントで横たわっていた。
夜更け、どこからか祭囃子が聞こえてきた。
不思議に思いながらも、遠くの音だろうと眠りについた。
翌朝、下山すると町は大騒ぎ。
若い女性の失踪で、家出か誘拐か、はたまた「神隠し」かと騒がれていた。
そのとき、昨夜の祭囃子に混じって聞こえた狐のような鳴き声を思い出したが、誰にも話さず老人はその町を離れたのだった。
そして今、老人は再び町を訪れ、当時の駐在さんから「家族に歯を見せたら妙に納得して…」と告げられ、背筋に冷たい汗を流す。
自分がまるで事件の犯人のような役割を担わされたことに気づいたのだ。
実は――
町の人々が本当に恐れていたのは、理屈や証拠ではなく、古くから伝わる“神隠し”の気配そのものだった。
欠けた犬歯は、何か人ならぬものの証だったのか。
老人は真相を知ることなく、ただ静かにその地を離れるしかなかったのである。
不思議な話:赤い小袋と消えた犬歯――逆から語る神隠しの真相
赤い小袋と消えた犬歯――逆から語る神隠しの真相
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