怖い話:蒸し暑い夏の夕暮れ、繰り返されるインターホンの音と消えた来訪者の謎に包まれる夜

蒸し暑い夏の夕暮れ、繰り返されるインターホンの音と消えた来訪者の謎に包まれる夜

🔬 超詳細 に変換して表示中
窓の外に沈みかけた夕陽が、じっとりとした橙色の光で町全体を包み込んでいる。
空は、どこまでも濃く、重たい群青色へと滲み始めていた。
そんな夏の夕暮れ、俺は二階の部屋に横たわっていた。
開け放った窓から入り込む空気は、熱気を含んで肌にまとわりつき、ベッドシーツは汗で湿っている。
蝉の断続的な鳴き声が、どこか遠くで耳障りなほど規則正しく続いていた。

目を閉じていると、外の世界が遠ざかっていく。
だが、うっすらとした眠りの淵に沈み込んだその時、唐突に耳を刺す電子音が部屋の空気を切り裂いた。

―ピンポ〜ン、ピンポ〜ン

インターホンの甲高い音は、乾いた金属がぶつかり合うような違和感を伴って、部屋中に響き渡る。
心臓が小さく跳ね、軽く息を吸い込む。
誰かが訪れたようだ。
しかし、両親は旅行で不在、家には俺しかいない。

(面倒くせえな……)

単なる勧誘か、近所の人か。
だが、階下に降りて対応するのが億劫で、俺はシーツを握りしめて無視を決め込んだ。

すると、沈黙を破るように、再び同じ音が繰り返される。

―ピンポ〜ン、ピンポ〜ン
―ピンポ〜ン、ピンポ〜ン

その音には、明らかに「無視されている」ことへの苛立ちが滲んでいるように感じられる。
インターホンのメロディーが、部屋の壁や天井を振動させ、俺の体にまで重くのしかかってくる。
額に浮かび始めた汗が、こめかみを伝って枕へと吸い込まれていった。

(誰だよ、こんな時間に……)

好奇心がやや勝り、俺は静かにベッドから体を起こした。
床板が、夏の湿気でわずかに軋む。
そっと二階の窓辺に歩み寄り、厚手のカーテンの隙間から下を覗き込む。

薄闇に沈み始めた玄関前に、二つの人影がぽつりと浮かんでいた。
ひとりは、40代くらいに見える女性。
白っぽいワンピースが、夕暮れの光をぼんやりと反射している。
隣には、小さな女の子。
彼女もまた同じような白い服に身を包み、頭には麦藁帽子を被っている。
少女の小さな手が母親の裾を握りしめているのが、遠目にも分かった。

二人の表情は、逆光のせいでよく見えない。
だが、どこか現実感の薄いその佇まいに、背中を冷たいものが撫でていく。

(子連れの宗教勧誘か……最近よくいるけど、やれやれだな)

重い気分のまま、俺は階段を下りる決意をする。
足元から床板の冷たさと、湿った空気がじわじわと伝わってくる。
玄関にたどり着き、ドアの向こうから微かに感じる二人の気配に、わずかな緊張が体に走る。

「……はい」

ドアノブを握り、ゆっくりと扉を開ける。
外の空気が一気に流れ込み、むっとするような熱気と、どこか甘ったるい草花の香りが鼻腔をくすぐる。

だが、そこには誰もいなかった。

玄関前には、夕焼けの名残が薄く広がっているだけ。
コンクリートの上には足跡ひとつなく、門扉も閉じたままだ。
耳を澄ませても、足早に去っていく影や、話し声、衣擦れの音さえ聞こえない。

(なんだよ、もう帰ったのか……)

気まずさがこみ上げる。
せっかく出てやったのに、と小さく舌打ちし、再び階段を登る。
二階の部屋に戻ると、さっきまで以上に蒸し暑さが増したようで、シーツが体にまとわりついて離れない。

横になった途端、再びあの音が部屋を貫いてきた。

―ピンポ〜ン、ピンポ〜ン

今度は、心臓がどくんと波打つ。
音はさっきと全く同じトーンで、間断なく鳴り続けている。

(まさか……)

恐る恐る、もう一度窓から玄関を覗き込む。
薄暗がりの中、さきほどの親子が、まるで時間が巻き戻ったかのように、同じ場所に、同じ姿勢で立ち尽くしていた。
白い服が闇の中でぼんやりと浮かび上がっている。

今度は、明らかに不穏な空気が体を包む。
無意識に拳を握りしめ、息を詰めて階段を駆け下りた。
手すりに触れた掌は、汗で滑りそうになる。

玄関ドアの前に立ち、鼓動が速くなる。
ドア越しに感じる静寂は、何かがそこに「いる」ことを否応なく意識させる。
チャイムの音が、まるで部屋の内部から響いているかのように近く感じられる。

怒りと恐怖がない交ぜになり、勢いよくドアを引いた。

だが、誰もいない。

玄関前は静まり返り、空気は動いていない。
さっきまでのチャイムの音が、幻聴だったかのように消えている。
視線を左右に走らせても、隠れる場所などどこにもない。
家の立地は袋小路にあり、門の外に出ればすぐに見通しのいい道路が広がっている。

(ありえない……)

呆然と立ち尽くしたその時、

―ピンポ〜ン、ピンポ〜ン

今度は、インターホンが俺の真横、まさに手の届く距離で鳴り響いた。
そこには、誰もいない。
ボタンは微かに光っているだけで、押している指も影もない。

鼓動が耳の奥で爆発し、冷や汗が背中を伝う。
喉がカラカラに乾き、呼吸がうまくできなくなる。

俺は無我夢中で家の中に飛び込み、ドアを強く閉め、鍵をかけた。
カーテンを引きちぎるように閉め、布団の中に潜り込む。
外の気配が薄くなっていくにつれ、逆にインターホンの音だけがやけに鮮明に、何度も何度も部屋の中に響き続ける。

その夜、俺は布団の中で震えながら、二度と外を見る勇気を持てなかった。

---

翌朝、湿気を含んだ朝の光がカーテン越しに滲み込んできた。
夢と現実の境目が曖昧なまま、突然ドアをノックする音がした。

「おい、起きなさい。
手紙が来てるわよ。
女の人からみたいよ〜」

母親の妙に楽しげな声が、階下から響いた。
新聞受けに入っていたらしい。
階段を下りると、母はにやにやと悪戯っぽい表情で白い封筒を手渡してきた。

封筒は、何の飾りもなく、差出人の名前すら書かれていない。
だが、手に取った瞬間、どこか冷たく硬質な感触が掌に残る。

(なんでこれで女だって分かるんだよ……)

半信半疑で封を切る。
紙の擦れる音がやけに大きく響く。
中には、一枚の便箋が入っていた。
そこには、丁寧で整った筆跡で、ただ一行だけ、

「なにかがあなたの家へ入ろうとしています」

と記されていた。

その瞬間、昨夜の恐怖が、湿った空気ごと胸の奥に蘇ってきた。
意味の分からぬ不安が、朝の光をも曇らせていく。
俺は、白い封筒を見つめたまま、再び背筋に冷たいものが這い上がってくるのを感じていた。
読了
スワイプして関連記事へ
0%
ホーム
更新順
ランダム
変換
音読
リスト
保存
続きを読む

コメント

まだコメントがありません。最初のコメントを投稿してみませんか?

記事要約(300文字)

ダミー1にテキストを変換しています...

0%
変換中