不思議な話:留守番電話に残された春雷——ある踏切の断章

留守番電話に残された春雷——ある踏切の断章

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春の終わり、まだ夜の帳が街を包み込む時間帯。
東の地平に淡い光が滲み始めていた。
A子は、ひとしきり降った雨の余韻が残るアスファルトの匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、重い足取りで帰宅した。
鞄の中で携帯電話が震える。
誰かからの着信があったようだが、通知は留守番電話を示していた。

 
 部屋に入ると、冷たい空気が彼女の頬を撫でた。
壁掛け時計が午前零時を静かに告げる。
A子はコートを脱ぎ、無意識のまま電話機の再生ボタンを押した。

 
 ——「B子です……明日ね、ちょっと遅れそう……一時間くらい遅れ——」
 
 その直後、不自然な断絶。
何かが壊れるような、鉄と鉄が激しく衝突する音。
彼女の胸の奥が一瞬にして凍りついた。

 

 
 B子は、A子のただ一人の親友だった。
高校時代からの付き合いで、互いの家を行き来し、夜更けまで語り合った日々は、今でもA子の心に温もりのように残っている。

 
 その夜、B子はA子の家に泊まりに来る予定だった。
だが、約束の時間を少し遅らせるという連絡が、あの留守電のメッセージとなった。

 
 A子は、留守番電話の最後の音に何度も耳を澄ませた。
警笛のようなものが、かすかに遠くから響く。

 
 ——なぜ、B子は警笛に気づかなかったのだろう? 
 
 翌朝、A子は震える指先でB子の家に電話をかけた。
受話器の向こうから、硬く沈んだ声が聞こえる。
「事故に遭ってしまって……」
 
 B子は、遮断機もなく警笛だけが鳴る古びた踏切で、電車に轢かれたのだった。
知らせを受けたA子は、言葉にならない悲しみの波に呑まれていった。

 
 時は容赦なく過ぎた。
B子の命日が近づくたび、A子は留守番電話のテープを取り出しては再生した。
埃をかぶったテープレコーダーのボタンを押すたび、彼女の胸の奥で何かがきしむ音がした。

 

 
 ——一年後の、同じ春の日。

 
 A子はテープを手に、お寺の門をくぐった。
供養のため、テープを預けることに決めていた。
その前に、最後の一度、あのメッセージを再生した。

 
 窓の外では、桜の花びらが風に舞っていた。

 
 警笛の音は、確かにメッセージの冒頭から鳴っている。
A子は首をかしげた。

 
 「電話がかかってきたとき、もう警笛が……。
どうしてB子は、あんなにも近づいてしまったの?」
 
 A子の心には、拭いきれぬ違和感が残った。
警笛が鳴り始めてから電車が通過するまでには、もう少し時間があるはずだった。
それなのに、B子の声は、ほんの数秒のうちに突然断ち切られてしまう。

 
 まるで運命が、彼女を待ち伏せしていたかのように。

 

 
 A子はその後も、時折あの留守番電話を思い出す。
B子の声、春の雨、鉄の衝突音。
すべてが、心の奥で絡まり合い、ほどけることのない糸のように残り続けている。

 
 あの日、踏切の向こう側で何が起こったのか——。

 
 A子には、今もなお、その答えが見つからない。
だが、友の最期の声を胸に抱きながら、彼女はまた、新しい季節の光の中を歩き出す。
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