裏世界からの帰還――グランドで体験した“もう一つの現実”

「やっと戻ってこれた――。
」
あの扉を抜けて地上に出た瞬間、全身から冷や汗が噴き出した。
二度とここには近づくまい、と心に誓った。
グランドが見えるだけで、裏世界に引きずり込まれる気がして、何年も足を踏み入れることができなくなった。

実は、すべての始まりはほんの好奇心だった。
あの日、昼過ぎの夏の日差しの下、僕は家の裏手にある大きなグランドで、昆虫採集の自由研究をしていた。
グランドの隅、錆びついた鉄の扉――下水道に続いていそうなそれ――を見つけたのが、全てのきっかけだった。

扉を開けると、地下に続く梯子。
冒険心が湧いた僕は、家に戻って懐中電灯を持ち、期待に胸を膨らませてその梯子を下りた。
足元には金網の床、下には暗渠らしき水音。
臭いはしない。
前後に伸びる通路の先、鉄格子で行き止まり。
その脇の梯子を上ると、「どうせ道路を挟んだ空き地辺りに出るだろう」と思っていた。

しかし、地上に出た途端、何かが決定的に違っていた。

まず、時刻が夕暮れだった。
入ったはずの昼過ぎから、どうやら時間が飛んでいる。

さらに、見慣れたはずの風景が微妙におかしい。
雑貨屋が知らない民家に、公民館は病院、標識は見たことのないマーク。
自分の家に急いで向かうと、外観は確かに自宅なのに、巨大なサボテンや赤い変な車、インターホン代わりのレバー、キリンのような置物――細部が明らかに違っていた。

そして極めつきは、台所の窓から覗いた居間。
紫の甚兵衛を着た父親と、なぜか学校の音楽教師が仲良く談笑している。

その瞬間、僕の頭に「これはドラクエ3の裏世界だ」とよぎった。

裏世界に入り込んでしまったのだ、と。

必死で元のグランドまで駆け戻り、地下道を逆走した。
汗だくで、二度と戻れない気がして――。
そして、あの扉から地上に出た時、世界は元通りだった。

あれから僕は、グランドを避けて過ごした。
やがて引っ越し、謎は解けないまま時が流れた。
しかし半年前、偶然仕事で近くを通り、懐かしさ半分、恐怖半分でグランドを訪れた。
半分は駐車場になっていたが、あの場所はまだあった。
でも、近づくことはどうしてもできなかった。

もしかしたら、あれはただの夢だったのかもしれない。

だけど、なぜか細部まであの出来事を鮮明に覚えている。

これが僕の体験の全てだ。

信じるかどうかは、あなた次第だ。