■【起】〜夏の日、自由研究と謎の扉〜
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小学校五年生の夏休み、私は家の裏手にある大きなグラウンドで昆虫の自由研究に夢中になっていた。
蝉の声が響く昼下がり、ふとグラウンドの隅に目をやると、古びて錆びた鉄の扉がひっそりと存在していた。
興味に駆られて取っ手を握り、扉を開くと、そこには下へ続く梯子が現れた。
冒険心が高まり、一度家に戻って懐中電灯を手にし、再びその場所へ向かう。
期待と不安が交錯する中、私は梯子を静かに降りていった。
足元は金網の床、その下からはかすかな水音が聞こえてくる。
臭いはなく、下水道ではなさそうだ。
目の前には前後に延びる通路が続き、私は正面の道を選んで歩み始めた。
■【承】〜地下探検と奇妙な出口〜
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懐中電灯で足元を照らしつつ、およそ20メートル進むと、鉄格子で道は行き止まりになっていた。
脇には上へと伸びる梯子がある。
「もっとすごいものを見つけたかったのに」と落胆しつつ、私はその梯子を登ることにした。
「歩いた距離からして、道路を挟んだ反対側の空き地あたりに出るだろう」と予想しながら蓋を開けて外に出ると、なぜか元のグラウンドに戻ってきていた。
しかも、入った時は昼過ぎだったのに、外はもう夕暮れだった。
違和感を覚えつつ周囲を眺めると、知っているはずの近所の景色が微妙に変わっていた。
見慣れた雑貨屋が知らない民家になっていたり、公民館が病院に変わっていたり、道路標識も見たことのないマークになっていた。
■【転】〜裏世界の家と恐怖の実感〜
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不安はさらに強くなった。
家に向かうと、自分の家であることに間違いはないものの、庭には巨大なサボテンが咲き、赤く奇妙なデザインの車が駐車場に停まっていた。
玄関脇にはインターホンの代わりのレバー、そして四つ足で髭の生えたキリンのような置物が扉の両側に立っていた。
細部は違うものの、表札は間違いなく自分の名字だった。
しかし玄関から入るのが恐ろしく、家の裏手に回って台所の窓から覗くと、居間で紫の甚兵衛を着た父親と、学校の音楽教師が仲良く談笑しているのが見えた。
その光景に、当時遊んでいたドラクエ3の“裏世界”を思い出し、「裏世界に来てしまったのかもしれない」と直感的に恐怖を覚えた。
私は慌ててグラウンドに戻り、地下通路へと駆け込み、必死の思いで引き返した。
遅れると二度と戻れない気がしたからだ。
■【結】〜消えぬ余韻と再訪の勇気〜
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なんとか元の扉から地上へ戻ることができた。
その日以来、私は怖くてグラウンドに近づけなくなった。
再び裏世界に引き込まれ、今度こそ戻れなくなるのではないかという恐怖が消えなかった。
やがて引っ越し、あの出来事の真相はわからずじまいになった。
しかし半年前、仕事のついでにその場所を訪れてみた。
グラウンドは半分駐車場になっていたが、まだ残っていた。
けれども、あのときの恐怖が蘇り、やはり近づくことはできなかった。
これが、今でも鮮明に覚えている私の不思議な体験だ。
もしかしたら夢だったのかもしれないが、なぜか細部まで記憶に焼き付いている。
日常の隣にある、説明のつかない異界への扉。
その存在が、今も心のどこかで私を揺さぶっている。
不思議な話:夏のグラウンドと地下扉——日常から裏世界への越境記憶
夏のグラウンドと地下扉——日常から裏世界への越境記憶
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