窓の外に広がる空は、冬の沖縄独特の深い藍色。
乾いた潮風がホテルのロビーを吹き抜け、南国の夜を包み込んでいる。
私は祭りの賑わいから遠く離れ、パソコンの画面の前で、あの日の出来事を思い返していた。
祭りに参加できず、胸の奥に小さな寂しさが広がる。
その感情の隙間を埋めるように、キーボードを叩き始める。
エ□魔人記念に、あの冬の沖縄旅行について語ってみようと思った。
一年前の春。
日差しが柔らかく差し込み始める頃、私はママ友たちと計画を立てた。
普段は子どもや家事に追われ、なかなか自分の時間を持てない私たち。
しかし「一度は羽を伸ばしてみたい」と、誰からともなく声が上がった。
各自、日々の生活の中で少しずつ貯金を始める。
財布の中の小銭、週に一回のプチ贅沢を控えることで積み上がる金額。
それがやがて、五人の母親たちの「沖縄旅行」という夢を現実に近づけていった。
旅立ちの日。
空港の出発ロビーは、冬とは思えない陽気な空気に包まれていた。
私たちは厚手のコートを脱ぎ、手荷物の中に忍ばせた水着やサンダルを確かめ合う。
飛行機に乗り込むと、エンジンの低いうなりと着席する人々のざわめきが耳をくすぐった。
窓の外には雲が浮かび、南へ向かう機体が朝日に照らされていた。
胸の奥が不思議な高揚感に包まれる。
これから始まる非日常が、どんな色彩をもたらすのか、期待と不安が交錯していた。
那覇空港に降り立った瞬間、肌にまとわりつく湿気と潮の香りが、日常との決定的な断絶を告げていた。
タクシーの窓から見える町並みは、色とりどりの花や古びた赤瓦の屋根が混じり合い、遠くで波の音がかすかに聞こえてくる。
目的のホテルは、街の喧騒から少し離れた海沿いの高台にあった。
ロビーには南国特有の花の香りが漂い、スタッフの柔らかな琉球訛りが耳に心地よい。
チェックインを済ませた私たちは、それぞれの部屋に荷物を置き、窓からの絶景に歓声を上げた。
初日の夜、私たちは地元の居酒屋で集まった。
テーブルの上には、鮮やかな島野菜のサラダや新鮮な刺身、泡盛のグラスが並ぶ。
外では木々が風に揺れ、店内には地元客の笑い声が響いていた。
私はグラスを手に取り、泡盛の強い香りと舌に残る独特な苦味を感じながら、いつもより少しだけ大胆な気分になっていた。
四方八方に飛び交う会話、時折交わされる下ネタに、場の空気が緩やかに弛緩していく。
夜も更けてきた頃、私たちはホテルの露天風呂を貸し切りにした。
外は冷たい風が吹き抜けるが、湯気が立ち上る湯船はまるで別世界。
裸足で石畳を渡ると、足の裏にひんやりとした感触が伝わってくる。
湯船に身を沈めた瞬間、体の芯まで温かさが広がり、五人の間には言葉にならない安心感が流れていた。
目を閉じれば、遠くの波音と湯のはじける音が静かに重なり合う。
しかし、その静寂は突然破られた。
ふと気配を感じて目を開けると、湯煙の向こうに男たちの影が揺れている。
ホテルのスタッフとは違う、見知らぬ中年の男性たち。
湯気越しに彼らの笑い声や話し声が混じり、空気が一瞬で硬直した。
私たちは皆、肌を隠すこともできずに固まった。
その瞬間、心臓が跳ね上がる。
背筋に冷たいものが走り、手足が痺れるような感覚。
誰もが息を呑み、視線を交わした。
その異様な沈黙を破ったのは、意外にも普段は大人しいママ友の一人だった。
彼女はわざと明るい声で「今夜は楽しもうね!」と叫んだ。
彼女の声には、どこか強張った調子と、場を和らげようとする焦りが混じっている。
私は混乱し、彼女の横顔を見つめた。
「まさか、あなたが呼んだの?」という疑念が一瞬、頭をよぎる。
湯船の中で肩を寄せ合う私たち。
空気はどんどん重く、湿度が肌にまとわりつくようだった。
慌てて湯から上がり、冷えた石畳の上に立ち尽くす。
体にタオルを巻きつける手が震え、湿った空気が一層重く感じられた。
私たちは着替えもそこそこに、早足で部屋へと戻る。
廊下の絨毯が足裏に柔らかく沈み、遠ざかる足音がやけに大きく響く。
部屋のドアを開けると、そこにはまた別の男たち——今度は全裸で待っている中年男性たちの姿があった。
息を呑み、思わず後ずさる。
部屋の奥には、また別のママ友がいて、何食わぬ顔で「ねー、すぐに始める?」と微笑んだ。
その声は異様に甲高く、まるで現実感が薄れていくようだった。
頭が真っ白になる。
手のひらには冷たい汗。
心臓が激しく鼓動し、呼吸が浅くなる。
私は他の二人と目を合わせ、無言の合意を交わした。
すぐに部屋を飛び出し、エレベーターでロビーへ向かう。
途中、手すりの冷たさが指先に染み渡った。
ロビーの明るい照明が、夜の出来事をより現実的に突きつけてくる。
私たちはフロントスタッフに事情を説明し、震える声で別のホテルへの移動を願い出た。
スタッフは驚きつつも迅速に対応してくれた。
私たちは静かなタクシーの中、誰も口を開かず、窓の外を流れる夜の町並みに心を預けるしかなかった。
後日、問題の二人のママ友は「ママ友だけで旅行するって、こういうことでしょ?」と淡々と言った。
その言葉の裏にあった価値観の違いに、私は言葉を失った。
確かに、今まで下ネタで盛り上がることはあった。
けれど、それはあくまで表層的な冗談であり、決して境界を越えるものではなかったはずだ。
私の中で何かが音を立てて崩れた。
心の奥深くに、裏切られたような痛みと、どこにもぶつけられない怒りが渦巻いた。
この出来事は、私の中に深い傷を残した。
それから数年間、沖縄という言葉を耳にするだけで、胸がざわつき、あの夜の湿った空気や肌を刺すような視線、全身を包む恐怖と違和感が蘇った。
家族旅行の話が出ても、私は無意識に沖縄を避けていた。
しかし、今年。
夫や子どもたちと共に再び沖縄に行くことになった。
空港のロビーに立つと、あの夜の出来事がフラッシュバックのように心をよぎる。
それでも、私は一歩を踏み出すことにした。
過去の傷と向き合い、家族と新しい思い出を作るために。
この出来事を文章にすることで、心の中の澱が少しでも浄化されることを願っている。
潮風や波の音、南国の花の香りと共に、あの夜の重たさも少しずつ薄れていくような気がした。
修羅場な話:沖縄の夜、露天風呂で遭遇した予期せぬ出来事と心の傷——五感と記憶が交錯するママ友旅行の一幕
沖縄の夜、露天風呂で遭遇した予期せぬ出来事と心の傷——五感と記憶が交錯するママ友旅行の一幕
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