○H市内・ビルの裏手(日中)
N:平成20年6月24日。
蒸し暑い梅雨の午後、外回りの営業マン・佐藤誠(35・汗かきで真面目)が、顧客名簿を片手にビルの陰に身を寄せている。
佐藤:(額の汗を拭いながら)
「…あっちぃなあ。
これであと三軒か…」
(バッグを探り、替えのシャツを引っ張り出そうとする)
SE:トンビの鳴き声「ピーヒーヨロ」
(佐藤、ハッと顔を上げる)
佐藤:(怪訝な表情で周囲を見回す)
(急に視界が暗転)
SE:耳鳴り、鼓動の高鳴り
(画面暗転)
○田んぼの畦道・夕暮れ
(佐藤、地面に横たわったまま目を覚ます)
佐藤:(きょろきょろしながら、戸惑いの表情)
「え…?どこだここ…?」
(周囲には藁葺き屋根の家が数軒。
空は茜色に染まっている)
佐藤:(苦笑しながら)
「まさか…夢か…?」
(佐藤、ズボンのポケットから携帯を取り出す)
SE:携帯のアンテナ圏外表示
佐藤:(焦った声で)
「…うそだろ、圏外?」
(時計を確認、19時半を指している。
佐藤、呆然)
N:佐藤は自分がどこにいるのか分からず、戸惑いと不安に包まれる。
○藁葺き屋根の家・玄関前(夕暮れ)
(佐藤、玄関前で呼び鈴を探すが見つからない)
佐藤:(大声で)
「こんばんは〜、すみません、電話を貸してほしいんですが〜」
(家の中から、老夫婦が現れる)
○同・室内
登場人物
・老人(70代・素朴な表情)
・老婆(同・控えめ)
老人:(怪訝そうに)
「どちらさんだな?」
佐藤:(営業スマイルを作りながら)
「すみません、ちょっと電話を…お借りしたくて…ごめんなさい、夜分に」
老人:(首をかしげて)
「でん…わ?でんわとはなんな?うちは米もみなもってかれとるで、なんにもないんじゃがのう」
佐藤:(心の声)(困惑しながら)
(え、電話知らない…?しかも照明は…火?)
(灯りは電気ではなく、あんどんがほの暗く揺れている)
老人:(不安そうに近づき)
「あんさま、どっからきんさった?お武家さんかえ?」
佐藤:(戸惑いながら)
「ごめんなさい、おじいちゃん…ここは一体どこですか?」
(老人と老婆、顔を見合わせる)
老人:
「ここはK村じゃが。
あんさまはどっからきんさった?」
佐藤:(焦りながら)
「え、K村?…でも、K町だったはず…」
(佐藤、さらに混乱)
佐藤(声を震わせて):
「すみません、俺、H市から来たんですけど…今って…西暦何年ですか?」
老人:(不思議そうに)
「せいれきっちゃーなんね?食べれるもんかね?」
佐藤:(絶望的な表情)(心の声)
(だめだ…これは…)
佐藤:(必死に)
「じゃあ、元号は?明治?大正?」
老人:(困ったように)
「げんごうっちゃなんかいのう?わしにはよーわからんて」
佐藤:(涙目で)
「…応仁何年とか元禄何年とか…?」
(老人、首を振り)
老人:
「すまんのじゃが、うちはなんもわからんけぇ、よそ当たってぇや」
(障子戸がゆっくり閉じられる)
SE:障子が閉まる音
○田んぼの畦道・夜
(佐藤、再び携帯を確認するが圏外)
佐藤:(独り言・苦笑しながら)
「…タイムスリップなんか…あるわけないよな…」
N:現実離れした状況に、佐藤の心は揺れ動く。
○川辺・深夜
(佐藤、川原に降り、顔を洗い、靴を脱いで足を川につける)
佐藤:(声を震わせながら)
「腹減ったし…もう、どうしたらいいんだよ…」
(夜明けが近づく)
○村外れ・夜明け
(佐藤、ボロボロの姿で歩き続ける。
民家の明かりはなく、武士や着物姿の人々が行き交う)
SE:遠くで鶏の鳴き声
(佐藤、通り過ぎる武士たちを見て凍りつく)
佐藤:(心の声)(息を殺して)
(…やばい、マジで江戸時代…?)
(慌てて人目を避けて走り出す)
○川沿い・朝
(大きな川を見下ろす佐藤)
佐藤:(決意した表情で)
「川を下れば…H市に戻れるかも…」
(携帯を見て、諦めたようにため息)
佐藤:(自嘲気味に)
「…せっかく買ったばかりなんだけどな…」
(カメラ、川面にゆっくりズームイン)
○町の通り・昼
(佐藤、服を切り裂きTシャツとボロボロのズボン姿で歩く。
周囲には露店や背の低い人々)
佐藤:(小声で)
「…目立つなあ、これじゃ…」
(露店のおばさんに近づく)
佐藤:(営業スマイルで)
「おばちゃん、タダでいいから野菜くれない?」
店主(50代・豪快なおばさん):
「そこにある折れ曲がったキューリ持っていきんさい」
佐藤:
「ありがと、おばちゃん!」
(キュウリを頬張り、涙があふれる)
○町中・大通り
(行列を見つける。
馬に騎乗した武士たち、篭、旗に「慶長七年」の文字)
佐藤:(息を呑んで)
「…慶長七年…マジかよ…」
N:佐藤は歴史の教科書で見た時代にいることを痛感する。
○港近く・昼下がり
(佐藤、うなだれながら歩く)
SE:足音
初老の男(M木・40代後半・キセルをくわえ、現代人の雰囲気をわずかに残す)が近づく
M木:(親しげに)
「にーちゃん、ライター持ってない?」
佐藤:(驚いてポケットを探る)
「ライター…あ、すみません、持ってないです」
(佐藤、ハッとした表情で男を見つめる)
佐藤:(心の声)
(…今、『ライター』って…)
M木:(ニヤリと笑い、しゃがむ)
「で、何年から来たんだ?昭和か?平成か?」
佐藤:(困惑しつつも希望の光を見出し)
「平成20年です…」
M木:(肩をポンと叩いて)
「俺は平成11年に来たよ。
腹減ってんだろ?メシでも食うか」
(佐藤、涙ぐみながら頷く)
○M木の家・座敷(夕方)
(白米、漬物、焼き魚、吸い物が並ぶ)
M木:(優しく微笑んで)
「好きなだけ食べな」
(佐藤、涙をこらえながら食べる)
○同・縁側
(食後、二人並んで腰掛ける)
M木:(遠くを見つめて)
「俺だけ帰れねぇんだ。
今まで8人、未来からの人間を見てきた。
みんな帰れた。
にーちゃんもきっと帰れるよ。
H市か?俺はI町だった」
佐藤:(感極まって)
「…もし、帰れたら…何か、伝えてほしいこと、ありますか?」
M木:(目を伏せて)
「ああ…奥さんと子供に伝えてくれ。
俺は生きてる。
いつか帰れる日が来るかもしれない。
その日まで家を守ってくれって…頼む」
佐藤:(涙を流しながら、力強く頷く)
○翌日・畑
(佐藤、M木と共に畑仕事。
二人、土にまみれ笑い合う)
N:二人の奇妙な友情が芽生えていく。
○畑・昼
SE:トンビの鳴き声「ピヒーヨロー」
(佐藤、ハッと空を見上げる)
佐藤:(目を見開いて)
「この音…!」
(視界が白くなっていく。
M木、優しい笑みを浮かべて手を振る)
○病院・病室(昼)
(佐藤、ベッドで目を覚ます。
妻(30代・心配そう)、子供(小学生)が泣きながら抱きつく)
妻:(涙をこらえて)
「…誠!ほんとに…よかった…!」
佐藤:(涙ぐみながら家族を抱きしめる)
N:佐藤は二日間、行方不明だった。
見つかった時はボロボロのTシャツ姿。
携帯も無事だったが、電池は切れていた。
○病院・屋上(夕暮れ)
(佐藤、携帯でM木の伝えた番号をダイヤルする)
SE:呼び出し音
中年女性の声:
「はい、M木です」
佐藤:(緊張しながら)
「すみません。
ご主人様の知り合いの佐藤と申します。
…ご主人様から伝言を預かってます」
(電話口から鼻をすする音)
中年女性:(静かに)
「…そうですか、元気にやってましたか。
わざわざ、ありがとうございます。
こうして主人の様子を知らせてくれたのは…佐藤さんで5人目です」
(佐藤、静かに涙を流す)
○自宅・リビング(夜)
(佐藤、家族と共に静かに微笑み合う)
N:この不思議な体験を、誰も信じてはくれなかった。
しかし、佐藤は確かにあの時代を生きた。
あの日の約束も、胸に刻んで。
(BGM:静かに感動的な曲が流れる)
N:最後まで見てくれて、ありがとう。
(画面フェードアウト)
不思議な話:時の轍に迷い込んで 〜平成サラリーマン、戦国への旅路〜
時の轍に迷い込んで 〜平成サラリーマン、戦国への旅路〜
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