「病院のベッドで目を覚ました瞬間、俺は平成の現実に戻っていた。
女房と子供が泣きながら俺にしがみついている。
会社には無断欠勤、行方不明で捜索願まで出されていたという。
発見されたのは、あの日トンビの鳴き声を聞いたビルの隙間。
ボロボロのTシャツにスラックス姿、丸二日間眠り続けていたらしい。
携帯もポケットにあった。
誰も信じてはくれなかったが、俺はたしかに二日間、“過去”にいた。
その直前、俺は慶長の世で涙を流していた。
平成から来たという初老の男・M木さんと一緒に畑仕事をしていたとき、またも頭上でトンビの鳴き声が響いた。
「ピヒーヨロー」。
気づいた瞬間、視界が白くなり、次に目覚めたのが病院のベッドだった。
M木さんは「みんな帰れてるが、俺だけ帰れない。
君も2、3日で帰れるよ」と言っていた。
その言葉通り、俺は戻ってきた。
そして、彼から頼まれていた伝言を思い出し、病院の屋上から彼の奥さんに電話をかけた。
「主人は元気です。
いつか帰る日まで家を守っていてほしい」――電話口の向こうで、彼女は静かに鼻をすすっていた。
では、なぜ俺はそんな時代にいたのか。
話は27時間前、汗だくで外回りの仕事中、ビルの陰で休んでいたときに遡る。
バッグから着替えを取り出そうとした瞬間、真上でトンビの鳴き声がした。
「ピーヒーヨロ」。
その途端、視界が暗転。
目が覚めたのは、夕暮れの田んぼの畦道。
見渡せば藁葺き屋根の家々。
携帯は圏外、時計は19時半。
訳も分からず、近くの民家に電話を借りようと訪ねるが、「電話とはなんね?」と怪訝な顔をされる。
元号や西暦を尋ねても通じず、完全に時代が違うと悟った。
そこからが地獄だった。
2時間歩いても舗装道路はない。
川のせせらぎで足を休め、空腹と不安に泣き崩れる。
夜が明けると、髷を結った武士や着物姿の人々が行き交う。
目立たないように服を裂き、町へと向かった。
露店でキュウリを恵んでもらい、約27時間ぶりに口にした食べ物に涙がこぼれる。
やがて、町の大通りで「慶長7年」と書かれた旗を掲げた行列を目撃し、自分が「関ヶ原の戦いの直後」にいると理解する。
そのとき、キセルをくわえた初老の男が話しかけてきた。
「にーちゃん、ライター持ってない?」――彼こそ、平成から来て帰れなくなったM木さんだった。
M木さんの家で白米と焼き魚をご馳走になり、彼から「もし平成に帰れたら、奥さんに伝言を頼む」と託された。
すべての始まりは、平成20年6月24日、梅雨の暑さにうだる仕事の合間、何気なく空を見上げたあの瞬間だった。
トンビの鳴き声とともに、俺は時空の狭間に落ちたのだ。
信じられないかもしれないが、これが俺の体験だ。
タイムスリップの理由は最後まで分からなかった。
だが、神隠しの噂の裏には、こんな“異世界の旅人”がいたのかもしれない。
誰にも信じてもらえなかったが、俺には確かに、あの時代の空気と人々の温かさが染みついている。
最後まで読んでくれた人たち、ありがとう。
不思議な話:「平成から慶長へ――二日間のタイムスリップ、その衝撃の帰還」
「平成から慶長へ――二日間のタイムスリップ、その衝撃の帰還」
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