切ない話:母の涙、野球場の空―小さな弁当と約束の記憶

母の涙、野球場の空―小さな弁当と約束の記憶

🎭 ドラマ に変換して表示中
○回想・小さな自宅・朝(昭和の下町)

N:幼い頃、父を亡くした。
母は再婚せず、女手ひとつで俺を育ててくれた。

○同・キッチン(朝)

登場人物:
・ユウタ(8歳・やんちゃな少年)
・母(40代・小柄で働き者)

SE:ごはんをよそう音

母:(髪をひとつにまとめ、エプロン姿で)
「ユウタ、ごはんできたよ。


ユウタ:(寝ぼけ眼で椅子に座る)
「うん…」

(母、笑顔で弁当箱におにぎりを詰める)

N:母は学歴も特別な技もなかった。
町の個人商店で雑務や配達をして、毎日を必死に生きていた。

○河原・日曜日(昼)

(青空、草の上に座る親子。
二人で弁当を広げる)

SE:川のせせらぎ、遠くで子どもの声

母:(嬉しそうに)
「おにぎり、今日は鮭も入れたよ。


ユウタ:(かぶりついて)
「おいしい!」

N:それが俺たち親子の、ささやかな楽しみだった。

○商店街・夕方(給料日後の日曜日)

(母、紙袋を隠すように持って帰宅)

母:(そっと袋を差し出す)
「ユウタ、今日は…ごほうびね。


(ユウタ、クリームパンとコーラを見て目を輝かせる)

ユウタ:「わぁ!すごい、ごちそうだ!」

N:甘くて冷たいそれは、子どもの俺にとって“贅沢”の象徴だった。

○自宅・夜

(母、ため息をつきながら財布を眺める)

SE:小銭を数える音

N:母の財布には、いつもギリギリの生活があった。

○自宅・キッチン(ある日・夕方)

(母、商店の制服姿で帰宅。
手には封筒)

母:(照れくさそうに)
「ユウタ、これ…プロ野球のチケット、もらったの。
一緒に、行ってみる?」

ユウタ:(はしゃいで)
「ほんと!? 行きたい!」

(母の顔に誇らしさと不安が入り混じる)

○球場前・当日(昼)

(大勢の人、賑やかな雰囲気。
母とユウタ、手作り弁当を持って並ぶ)

SE:球場の歓声、売り子の声

N:母は、その日のために、唐揚げ、卵焼き、花形ソーセージ――いつもより少し豪華な弁当を作ってくれた。

○球場・入場ゲート前

(母、チケットを差し出す。
係員が確認する)

係員:「こちら優待券ですね。
入場にはお一人千円いただきますが…」

(母、財布を開くが小銭しかない)

母:(目を伏せて、ユウタに小さく)
「……帰ろっか」

ユウタ:(うなずくしかできない)
「うん…」

(BGM:切ない曲調に変わる)

○球場外・ベンチ

(母とユウタ、静かに弁当を広げる。
球場から歓声が風に乗って聞こえる)

SE:遠くの歓声

母:(笑顔を作るが、目は寂しげ)
「ここでも十分、楽しいよね。


ユウタ:(強がって)
「うん、楽しい!」

(間。
母、箸を止めて)

母:(声を震わせて)
「母ちゃん……バカで、ごめんね」

(母の瞳に小さな涙)

ユウタ:(その涙に胸が締めつけられる)
(心の声)悔しかった。
貧しさが、無学が、母を泣かせた――

(カメラ、ユウタの顔をゆっくりズームイン)

○自宅・ユウタの部屋(夜)

(ユウタ、机で勉強する。
母がドア越しに見守る)

N:あの日の涙に、負けたくなかった。
俺はがむしゃらに勉強した。

○大学・構内(数年後)

(ユウタ、新聞配達の制服で早朝の道を自転車で走る。
キャンパスに入る)

N:新聞奨学生として大学に進学し、社会に出て、仕事を覚え、結婚して、母に初孫を抱かせることもできた。

○母の入院先・病室(晩年・夕方)

(母、ベッドで静かに横たわる。
ユウタ(30代)、傍らで母の手を握る)

母:(うっすら目を開けて、かすかに)
「野球……ごめんね……」

(ユウタ、涙をこらえてうなずく)

N:何十年も前の、あのたった一度の出来事を、母はずっと心のどこかに抱えていたのかもしれない。

(長い沈黙)

(ユウタ、言葉が詰まって何も言えず、涙をこぼす)

○葬儀後・自宅(静かな夜)

(ユウタ、母の遺影を前に、弁当箱とクリームパンをそっと並べる)

ユウタ:(遠くを見つめて、静かに)
「ありがとう、お母さん。
…あの時、外のベンチで食べた弁当、俺はちゃんと覚えてるよ。
あれが、世界で一番温かい野球観戦だったんだ。


(BGM:静かにフェードアウト)

N:母の手作りの弁当と、クリームパンと、あの涙。
そして、あの日見せた“少しだけ豪華な弁当”。
すべてが、俺の心に深く刻まれている――。

(画面暗転)
読了
スワイプして関連記事へ
0%
ホーム
更新順
ランダム
変換
音読
リスト
保存
続きを読む

コメント

まだコメントがありません。最初のコメントを投稿してみませんか?

記事要約(300文字)

ダミー1にテキストを変換しています...

0%
変換中