切ない話:母と僕の弁当と涙――心に刻まれた“あの日”の約束

母と僕の弁当と涙――心に刻まれた“あの日”の約束

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■【起】〜母子ふたり、質素な日々の温もり〜
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幼い頃、父を亡くした。
母は再婚せず、女手ひとつで僕を育ててくれた。

学歴も特別な技もない母は、個人商店の雑務や配達で生計を立てていた。
毎日が必死だったが、町には人情が残り、質素ながらも生きていくことはできた。

娯楽なんて夢のまた夢だったが、日曜日に母が作ってくれる手作りの弁当を持って、近所の河原で過ごす時間が何よりの楽しみだった。
青空の下、草の上でおにぎりを頬張る。
給料日後にはクリームパンとコーラが加わり、それが子どもだった僕にとって“贅沢”の象徴だった。

■【承】〜母の小さな誇りと胸躍る約束〜
───────

ある日、母が勤め先の人からプロ野球の観戦チケットを2枚もらってきた。
「行ってみるか?」と照れくさそうに言う母の顔には、期待と誇らしさが溢れていた。

その日のために、母はいつもより少し豪華な弁当を用意してくれた。
唐揚げ、卵焼き、花形に切ったソーセージ。
初めての野球場、響く歓声、真新しい芝生――胸が高鳴った。

■【転】〜届かなかった夢、母の涙〜
───────

しかし、入場の際に係員に止められた。
もらったのは“優待券”で、入場料が一人1000円ずつ必要だった。
母の財布には帰りの電車賃くらいしか残っていなかった。

「……帰ろっか」母のその言葉に、僕はうなずくしかできなかった。
球場の外のベンチで、ふたり弁当を広げた。
遠くから風に乗って聞こえる歓声。
母は笑顔を作っていたが、どこか寂しげだった。

その空気を壊したくなくて、僕は「楽しかったね」と強がって言った。
すると母は箸を止めて、ぽつりと「母ちゃん……バカで、ごめんね」とつぶやいた。
その目には小さな涙が浮かんでいた。

子どもながらに悔しさが胸を締めつけた。
貧しさが、無学が、母を泣かせた――そんな現実が心の奥に突き刺さった。

■【結】〜母への誇り、心に残る最高の観戦〜
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あの日から、僕はがむしゃらに勉強した。
あの日の涙に負けたくなかった。
新聞奨学生として大学に進学し、社会に出て、結婚して母に初孫を抱かせることもできた。

母は多くを語る人ではなかったが、孫の手を握る表情は何より穏やかだった。
そんな母が昨年の暮れに亡くなった。
意識が遠のく中、ふと目を覚ました母が小さくつぶやいた。
「野球……ごめんね……」

何十年も前の、たった一度の出来事を、母はずっと心に抱えていたのかもしれない。
僕は「楽しかったよ」と伝えたかった。
でも、胸が詰まって涙が溢れ、言葉にできなかった。

母のことは、ずっと誇りです。
手作りの弁当と、クリームパンと、あの涙。
そして、あの日見せてくれた“少しだけ豪華な弁当”。
すべてが僕の心に深く刻まれています。

ありがとう、お母さん。
あの時、外のベンチで食べた弁当、僕はちゃんと覚えてる。
あれは、僕にとって世界で一番温かい野球観戦だったんだ。
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