○出張先・ビジネスホテルの一室(夜)
SE:携帯の着信音
N:その夜、俺の人生は静かに変わった。
○同・ホテル廊下(夜)
(男・35歳・無精ひげ、スーツ姿、電話を握りしめて立ち尽くす)
N:嫁と娘が――一ヶ月前、この世を去った。
○回想・国道(夜)
SE:タイヤのきしむ音、ガラスの割れる音
N:交通事故だった。
車は大破し、単独事故だったと聞く。
○空港ロビー(早朝)
(男、呆然としながら人混みを歩く)
N:知らせを受けた時、俺は根室にいた。
帰るのに一苦労したが…どう帰ったのか、ほとんど覚えていない。
○病院・霊安室(早朝)
SE:遠くで機械音
(男、包帯で覆われた遺体にそっと手を伸ばす)
N:包帯で覆われた二人。
娘も全身が包帯でぐるぐる巻き――ぺちゃんこだったと、後で聞いた。
(間)
N:状態が酷かったため、葬式の前に火葬を行った。
○葬儀場(昼)
(祭壇の前、参列者は少ない)
SE:すすり泣く声
(女・30歳・幼稚園の先生)(男・40歳・スーツ、嫁の上司)、骨壷の前で涙を流す。
(男、無表情。
涙は流れない)
N:密葬だった。
俺は涙を流せなかった。
○自宅・リビング(夜)
SE:時計の音が静かに響く
(男、玄関を開ける。
干したままの洗濯物、作りかけのご飯、作り置きのお菓子、点けっぱなしのPC…)
N:帰宅した家は、彼女たちの不在を静かに告げていた。
(男、一人きりでソファに座る)
(夜が明け、また夜が来る)
○自宅・寝室(夜)
(男、ベッドに横たわる。
天井を見つめている)
N:夜も朝も、一人きりで過ごす。
仕事に行く気力もなく、整理を始めると…二人の姿や声が蘇る。
二度と会えない現実が胸に迫った。
(声を震わせて泣き始める)
(BGM:静かに切ない曲調が流れる)
N:三日ほど泣いて過ごした。
○自宅・浴室(深夜)
(男、鏡の前で自分を見つめる)
N:自殺も考えたが、結局できなかった。
○夢の中(朝)
SE:やわらかな朝の光
(嫁・32歳・優しい笑顔、娘・5歳・無邪気な声)
嫁:(微笑んで)「頑張ってね」
(男、娘にキスし、嫁にもキスをする)
SE:突然、知らない男の声
謎の男:(低く)「もう…居ないんだよ」
(男、はっと目を覚ます。
汗をかいている)
○自宅・寝室(夜、再び)
N:眠れない。
いや、眠るとまた夢を見る。
「チュウしていないんだよ」と言われて目が覚める。
○回想・ダイニング(過去・夕方)
(嫁、白湯とビタミン剤を差し出す)
嫁:(優しく)「はい、これ飲んで」
(男、肩を揉んでもらいながら微笑む)
N:体がだるい時、嫁は白湯とビタミン剤をくれた。
肩が凝った時は一所懸命に揉んでくれた。
(間)
N:嫁にハスカップが旨かった話や、焼き鳥弁当の話をしたかった。
帰る時には蟹とエビとホタテと昆布を買って、娘にはまりもっこりを買う約束もしていた。
スワンという道の駅から撮った写真も、まだ送っていない。
○自宅・リビング(現在・夜)
(娘の小さな布団は敷きっぱなし、嫁のカーディガンは椅子に掛けっぱなし)
(男、布団にそっと触れる)
N:みんな「時間が解決する」と言うけれど、本当なのか?
(遠くを見つめて、涙をこらえる)
男:(心の声)乗り越えた奴は超人じゃないのか…俺には無理そうだ。
(長い沈黙)
(BGM:フェードアウト)
切ない話:ひとつ屋根の下、残された夜 ― 喪失と夢のはざまで
ひとつ屋根の下、残された夜 ― 喪失と夢のはざまで
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