冬の朝、校庭の空気は張りつめていた。
まだ霜が残るグラウンドは、太陽の光を鈍く反射している。
その光景は、まるで半分眠っている世界のように、白みがかった青色と銀色に染まっていた。
私は息を吐くたびに白い靄が口元に広がるのを見ていた。
サッカーボールを追いかけて走る仲間たちの足音が、乾いた地面にパタパタと響き、遠くからは給食室からパンを焼く香ばしい匂いがかすかに流れてくる。
私の手は冷たく、指先がしびれるような感覚があった。
ボールを蹴ると、靴の裏から伝わる硬い感触と、軽い痛み。
その一瞬一瞬が、今でも鮮明に思い出せる。
しかし、それが私の最後の記憶だった。
次に意識が浮上したのは、まったく違う場所だった。
あたりに漂う柔らかい埃の匂い、どこか湿った空気。
気づけば、私は学校の廊下、二階の窓際に立っていた。
廊下は昼下がりの薄い光に満たされ、床のワックスがけされた板が天井の光をぼんやりと映していた。
目の前には、背丈よりも大きな鏡がある。
その鏡の表面には、いくつかの指紋と、窓から差し込む光が複雑に反射していた。
まるでテレビのチャンネルを突然切り替えられたような、脳が一瞬で異なる世界に飛ばされたような感覚が私を襲った。
時間が歪み、耳がキーンとなり、鼓動が急に速くなる。
何が起こったのか理解できず、立ち尽くしたまま呼吸が浅くなる。
「ここはどこだ?」という疑問が、頭の奥で鈍く響く。
その時、鏡に映る自分の顔を見た。
頬は少しふっくらし、髪が伸びている。
驚きと混乱で見開かれた目。
私の顔なのに、どこか他人のような違和感を覚えた。
鏡の中の私は、何かを必死に思い出そうとしているような表情だった。
私は思わず、鏡に手を伸ばして自分の頬に触れた。
冷たい指先が、ほんのわずか汗ばんだ肌に触れる。
自分の体がここにあることを確認するために、肩や腕、胸元まで触れてみる。
成長した身体の重みと、服の生地のやわらかな感触。
制服の襟元には、見覚えのない名札――「4年1組」と書かれた文字がはっきりと縫い付けられている。
指先で名札をなぞると、縫い糸の凹凸が指に引っかかる。
私はまるで、何年も眠っていた人間が突然目を覚ましたような、重苦しい不安に包まれた。
胸の奥がきゅっと締め付けられ、涙がこぼれそうになるのを必死でこらえる。
周囲には誰もいない。
廊下の遠くからは、教室のざわめきや、誰かが机を引きずるごとごとという音がかすかに聞こえてきた。
その間にも、私は自分の体や服を確かめ、今いる場所を確認しようと必死だった。
名札の「4年1組」を見た瞬間、頭の中に断片的な情報が、まるで水面に浮かぶ泡のように浮かんできた。
私は4年生になったのだ。
今は5月。
そして、教室は二階の廊下の一番左端にある――。
不思議なことに、それらは「思い出す」というより、どこからか流れ込んでくるような、ぼんやりとした実感だった。
自分が本当にその情報を知っているのか、あるいは目の前の状況から無理やり推測しているだけなのか、判然としない。
そのとき、廊下のスピーカーからチャイムが鳴った。
電子音の四音が、廊下の隅々に反響して、私は現実に引き戻された。
頭の中はまだ混乱していたが、「とにかく教室へ行かなければ」という本能的な焦りが私を動かした。
廊下を歩くたび、足音が床に響く。
窓から差す陽射しは、春から初夏の、どこか柔らかく湿った匂いを伴っていた。
教室のドアを開けると、同じ学年の子どもたちのざわめきが一気に耳に入ってくる。
顔ぶれはほとんど変わっていないが、皆どこか少しだけ大人びて見える。
席に着くと、目の前には見覚えのない教科書とノートが置かれていた。
教科書の表紙は少し汚れていて、折り目もついている。
ページをめくると、消しゴムのカスがはさまっていたり、ページの端が折り返されていたりする。
私はそれを手に取ると、紙のざらつきや、インクの微かな匂いを感じた。
ノートを開いてみると、自分の筆跡が並んでいる。
ひらがなや漢字、図形や計算式――確かに自分の字なのに、そのどれ一つとして「書いた記憶」がない。
手を動かした感触も、考えた内容も、私の中には存在しなかった。
授業が始まり、先生の声が教室の空気を震わせる。
先生は何気ない口調で話しているが、その言葉が耳に届くと、どこか現実感が薄れていく気がする。
チョークが黒板をこする音、生徒がノートをめくるささやかな音、窓の外で鳥が鳴く声。
その一つ一つが、自分から遠ざかっていくような、異質な世界の記号に思えた。
私は教科書の内容は理解できるのに、それを学んだ記憶がないという事実に、深い不安を感じた。
手のひらはじっとりと汗ばみ、胸の奥がざわざわと波立つ。
それからしばらく、私は日常の中で得体の知れない違和感を抱え続けた。
友達と話すときも、家に帰るときも、食事をするときも、どこか自分が「ここにいない」ような感覚があった。
テレビで何を見たのか、放課後に誰と遊んだのか、細かな記憶がまるで消しゴムで消されたように抜け落ちていた。
思い出そうとすると、記憶の奥に厚い霧が立ち込めているようで、どうしても手が届かない。
その期間、私は自分の名前や家族、学校や友達など「社会的な記憶」は保っていたが、「個人的な日々の記憶」だけがごっそりと抜け落ちていた。
家族や友人にはこのことを決して話さなかった。
私はもともとぼんやりした性格だと思われていたので、「記憶のない期間」について尋ねられても、「あー、忘れちゃった」と明るく笑いながらごまかした。
しかし、本当は胸の奥に冷たい石を抱えているような、不安と孤独に満ちていた。
夜になると、布団の中でその「空白」をじっと見つめる自分がいた。
鼓動が速くなり、喉が渇き、冷たい汗が背中を流れる。
やがて私は、「もしかしたらこの期間、私の中に別の人格がいたのではないか」と考えるようになった。
記憶を共有できる部分と、意図的に隠している部分があったのではないか、と。
頭の奥底で、私ではない誰かが私の身体を使って生活していたのではないか、そんな想像が私をますます不安にさせた。
けれど、その可能性にすがるしかなかった。
自分自身がどこかに消えてしまったのではないかという恐怖に、私は何度も押しつぶされそうになった。
もしも大人になってから、2年も3年も同じことが起きたら――。
考えるだけで、背筋が凍りつく。
あの鏡の前に立たされ、知らない自分の顔を見つめ、過去が霧の彼方に消えてしまう。
今でも時折、あの廊下の埃っぽい匂いや、鏡の冷たい輝き、教室のざわめきが、夢の中でよみがえる。
そのたびに私は、あの時の自分の不安と孤独、そして世界から切り離されたような感覚を、ありありと思い出すのだ。
不思議な話:失われた記憶と廊下の鏡――小学校の冬から初夏にかけて漂流した私の感覚と心象風景
失われた記憶と廊下の鏡――小学校の冬から初夏にかけて漂流した私の感覚と心象風景
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