涙のクラッカー ～数字に追われた男が知った本当の宝物～

○営業部・オフィス（朝）

N：入社してから、俺――田中誠司（35・営業マン）は、ひたすら数字だけを追い続けてきた。

（机に向かい、パソコンの画面を凝視する田中。
目の下にクマ。
無造作にコーヒーをあおる）

○同・オフィス（夕方）

（会議資料を抱え、同僚たちに指示を出す田中）

田中：（少し疲れた声で）山本、午後の数字まとめておいてくれ。
佐藤はメール対応頼む。

（部下たち、うなずく）

N：気づけば7年が経っていた。
会社は俺の努力をやっと認めはじめ、昇格し、部下もできた。

○自宅・リビング（夜）

（田中、妻・真希（32・優しげな雰囲気）とテーブルを挟んで座る。
真希は微笑んでいるが、どこか寂しげ）

田中：（目を伏せて）忙しくて、ごめんな…。

真希：（優しく微笑む）ううん、大丈夫だよ。
今度の誕生日、特別な食事にしようね。

（田中、真希の手をそっと握る）

N：結婚して5年。
誕生日には、必ず特別なディナーを約束していた。

○高級レストラン・店内（回想）

（真希が電話で予約を取る姿）

N：真希がずっと行きたがっていたレストラン。
奇跡的に予約が取れた。

○営業部・オフィス（誕生日当日・朝）

（田中、部下たちに声をかける）

田中：今日は定時で帰るから。
何かあったら連絡してくれ。

部下たち：（口々に）はい！　分かりました！

○同・オフィス（夕方）

（田中、スーツの上着を整えていると、携帯が鳴る）

SE：携帯の着信音

田中：（携帯を取り、表情が強張る）……もしもし？

部下・佐藤（27・誠実そうな青年）：すみません…大変なことになりました！

田中：（顔色を変え）何があった？

佐藤：（声を震わせて）取引先で、大きなミスが発覚して…部長が、ものすごく怒ってます…

（田中、息を呑み、すぐに資料をまとめて立ち上がる）

N：信じられないトラブルだった。

○取引先・工場（夜）

（田中、深く頭を下げて謝罪する。
取引先の部長・黒田（50・温厚な紳士）が険しい表情で立つ）

黒田：（怒りを抑えて）今日は帰せませんよ、田中さん。

田中：（汗を拭いながら）申し訳ありません…必ず対応いたします。

○移動中・車内（夜）

（田中、ハンドルを握りながらスマホで真希に電話）

田中：（声を詰まらせて）ごめん…せっかくの約束、守れそうにない。

真希：（電話越しに優しく）大丈夫よ、私はちゃんと分かってるから。

田中：（涙をこらえて）……ありがとう。

○取引先・本社ビル・エントランス（夜）

（田中、深呼吸しながら会議室前へ。
額に汗）

N：心臓が、破裂しそうだった。

○同・第一会議室前（夜）

（田中、ドアノブに手をかける。
目を閉じて深呼吸）

（間）

（ドアを開ける）

SE：クラッカーの音「パン！パン！パン！」

○同・第一会議室（夜）

（部屋は華やかに飾りつけられ、部下たちと取引先の黒田部長が笑顔で立っている）

部下たち：（一斉に）課長！お誕生日おめでとうございます！

（田中、呆然と立ち尽くす）

N：目の前に広がっていたのは、想像もしなかった光景だった。

黒田：（微笑んで）田中さん、驚きましたか？

（部下・佐藤がクラッカーを持ちながら近づく）

佐藤：（はにかみながら）僕たちで、サプライズパーティを用意したんです。

（真希がそっと田中のそばへ）

真希：（そっと手を重ねて）あなた、お誕生日おめでとう。

（田中、目に涙を浮かべる）

N：この日、俺は初めて分かった。
数字以上に、大切なものがあることを。

（カメラ、田中のまなざしをゆっくりズームイン）

（BGM：温かいメロディが静かに流れ始める）

（田中、部下や真希の顔を一人ひとり見回す）

田中：（声を震わせて）……ありがとう。
本当に、ありがとう。

（涙があふれ、笑顔になる田中）

N：この日の記憶は、俺の一生の宝物となった。

（フェードアウト）