笑える話:りんごとみかんと沈黙の午後――たかし君の決意

りんごとみかんと沈黙の午後――たかし君の決意

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薄曇りの午後、教室の窓辺にたかしは立っていた。
外では、春まだ浅い風が校庭の砂を舞い上げ、かすかに甘い土の匂いが漂い込んでくる。
蛍光灯の光は机の上の果物――赤く艶めくりんごと、橙色の小さなみかん――を、柔らかく照らしていた。

 たかしは静かにりんごを手に取る。
その掌に伝わる冷たさと、皮の微かなざらつき。
彼の指先がりんごを包み込み、ゆっくりと力が込められていく。
果実の内側で、何かがきしむ音がした。
たかしの手の中で、りんごは音もなく潰れ、果汁が指の隙間から滴り落ちた。
その一滴が机の木目を濡らし、静かに浸み込んでいく。
みかんもまた、彼のもう一方の手に包まれ、同じ運命を辿った。

 教室には、微かな柑橘の香りと、りんごの青い甘さが混ざり合う。
誰もがその静寂に息を呑み、椅子の軋む音すら遠ざかるようだった。
たかしは視線を上げる。
大きな瞳の奥に、確かな決意の色が宿っていた。
まるで、見えない何かと対峙しているかのように。

 「――次はお前がこうなる番だ。


 その言葉は、思いのほか静かだった。
しかし、そこには揺るぎない覚悟があった。
たかしの声は室内に吸い込まれ、誰もが一瞬、時が止まったかのような錯覚に陥った。

 彼の行動の意味を、周囲の誰も計り知ることはできなかった。
ただ、果物を見つめるたかしのまなざしの奥に、何かが生まれ、何かが終わっていく気配だけが、確かに存在していた。

 春の光が窓ガラスに反射し、教室の床に淡い模様を描いた。
その光の中、たかし君の決意だけが、静かに、けれど確かに、世界の輪郭を塗り替えようとしていた。
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