■【起】〜田舎の静寂、祖父母の家に潜む不穏な影〜
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親父の実家は自宅から車で二時間ほどの田舎にある。
農家ののどかな雰囲気が好きで、高校生になってバイクに乗れるようになってからは、夏や冬の休みに一人でよく訪れていた。
祖父母もいつも温かく迎えてくれて、そこで過ごす時間は心の安らぎだった。
しかし、高校三年になる直前に訪れたのを最後に、十年以上も足を運んでいない。
行かなかったのではなく、行けなかった。
その理由は、春休みに入ったばかりのある日、祖父母の家で経験した出来事にある。
その日、天気がよかったのでバイクで祖父母の家に向かった。
まだ寒かったが、広縁は春の陽射しでぽかぽかしていた。
そこでくつろいでいると、「ぽぽ、ぽぽっぽ、ぽ、ぽっ…」という奇妙な音が聞こえてきた。
まるで人のような、濁音とも半濁音ともつかない異様な音だった。
音の正体を探るうち、生垣の上に帽子をかぶった女性の姿が見えた。
白っぽいワンピースをまとい、二メートルはあろうかという生垣の上から頭を出している。
ありえない高さに、ただただ呆然とした。
女性は生垣に沿って移動し、やがて姿を消した。
帽子も音も、跡形もなく消えていた。
■【承】〜語られる“八尺様”の伝承、家族に走る緊張〜
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その時は、背の高い女が厚底ブーツでも履いていたのか、あるいは男が女装していたのか程度にしか思わなかった。
居間でお茶を飲みつつ、祖父母に「さっき大きな女を見た」と話すと、最初は「へぇ〜」と軽い反応だった。
だが「生垣より背が高くて、『ぽぽぽ』と変な声を出していた」と言った瞬間、二人の動きが止まった。
祖父が怒ったような鋭い顔で「いつ見た」「どこで見た」「垣根よりどれくらい高かった」と矢継ぎ早に問いただしてきた。
答えると、祖父は黙ってどこかに電話をかけに行き、祖母は震えたような様子だった。
やがて祖父は「今日は帰すわけにはいかなくなった」と告げ、「Kさんを迎えに行く」と言って出かけていった。
祖母は「八尺様に魅入られたようだ」と語り始める。
この土地には“八尺様”という厄介な存在がいる。
八尺ほどの背丈の女性で、「ぼぼぼぼ」という男のような声で笑うという。
見た目は人によって異なるが、異常な背の高さと頭に何かを載せていること、不気味な笑い声は共通している。
村の四方に地蔵で封じられ、よそには出ていかないが、魅入られた者は数日以内に命を落とすという。
十五年前にも被害が出たらしい。
話を聞いても実感が湧かなかったが、やがて祖父がKさんという老婆を連れて戻ってきた。
そして、お札を渡され、二階の一室に閉じ込められることになった。
■【転】〜八尺様の襲来、極限の恐怖と一夜の攻防〜
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閉じ込められた部屋は、窓に新聞紙が貼られお札が貼られ、四隅に盛塩が置かれていた。
仏像とおまるが用意され、外に出ることは許されなかった。
祖父とKさんは「絶対に朝七時まで出てはならない」と厳命した。
真夜中、一時過ぎ。
窓ガラスをコツコツと叩く音が始まる。
最初は風のせいだと思い込もうとしたが、次第に恐怖が膨らんでいく。
その時、祖父の声が廊下から聞こえてきた。
「おい、大丈夫か。
こっちに来てもいいぞ」と優しく呼びかける。
しかしそれは、祖父の声そっくりだが、絶対に祖父ではないと直感した。
盛塩は黒く変色し、窓の外からは「ぽぽっぽ、ぽ、ぽぽ…」という、あの異様な声が聞こえてくる。
窓ガラスが叩かれ、極限の恐怖に襲われながらも仏像の前で必死に祈り続けるしかなかった。
夜明け。
テレビのニュースが流れ、気がつくと朝になっていた。
盛塩はさらに真っ黒に変色していた。
恐る恐るドアを開けると、祖母とKさんが涙ながらに出迎えてくれた。
その後、親父、祖父、そして親族の男たちとともに、完全に囲まれる形で車で村境まで送られることになった。
Kさんの念仏が響く中、「ぽっぽぽ」という声とともに、白いワンピースの影が車に並走しているのが見えてしまう。
男たちに「見るな」と叱られ、目を閉じて耐え続けた。
車列が村の境界を超えた瞬間、声も姿も消え、Kさんに新しいお札を渡されて家に帰ることができた。
■【結】〜封印の危うさと、終わらぬ恐怖の余韻〜
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その後、バイクは祖父と近所の人が届けてくれた。
親父も八尺様の存在を知っていて、かつて友人が命を落としたことがあると教えてくれた。
車に同乗した男たちはみな遠い親族で、血縁の力で八尺様の目を誤魔化すための儀式だったらしい。
「もうあそこには行くな」と何度も念を押された。
祖父の声の件も確かめたが、「そんなことはしていない」と断言された。
そして十年後、不穏な電話が祖母から届く。
「八尺様を封じていた地蔵が壊された。
それもお前の家に通じる道のものがな」と告げられた。
祖父はすでに亡くなっていた。
今もなお、「ぽぽぽ…」という声が耳に蘇るたび、胸の奥に消えない不安が残り続けている。
怖い話:封印の村と“八尺様”──祖父母の家で出会った恐怖の一夜
封印の村と“八尺様”──祖父母の家で出会った恐怖の一夜
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