スカッとする話:静かな住宅街に忍び寄る草花泥棒―ミントの逆襲と壊れた鉢の物語

静かな住宅街に忍び寄る草花泥棒―ミントの逆襲と壊れた鉢の物語

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初夏の朝、まだ太陽が家々の屋根を斜めに照らし始めたばかりの時間。
私は、庭へと通じるガラス戸をそっと開け放つ。
湿った土の匂いが、夜露に濡れた葉の間から立ちのぼり、鼻孔をくすぐる。
庭の空気はひんやりとしていて、指先に触れる草葉の感触は、昨夜の雨の名残を感じさせながらもしっとりと柔らかい。
通りの向こうからは、カラスの低い鳴き声と、どこかの家の窓から漏れる食器のかちゃかちゃという音。
そんな朝の静けさの中、私は自分だけの小さな楽園に身を浸していた。

 私の趣味はガーデニング。
幼いころ、祖母の家で見た色とりどりの花壇が忘れられず、大人になった今も、地植えや鉢植えで季節ごとの植物を丹念に育てている。
ビオラの紫、ゼラニウムの赤、ミントの青々とした葉。
どれも自分の手で土を耕し、種をまき、水をやっては成長を見守ってきたものだ。
指に残る土の感触は、私にとって安らぎそのものだった。

 だが、ある日を境に、その安らぎは不安と不信に塗り替えられ始めた。
最初はほんの些細な違和感だった。
いつも同じ場所にあったはずの鉢が、わずかに動いている。
葉の一部が不自然にちぎられている。
ある朝、いつものように庭に出ると、咲き誇っていたはずの花が根こそぎ引き抜かれ、黒々とした穴だけがぽっかりと残っていた。
私の胸は急速に冷え、手が小刻みに震えた。
風が通り抜けるたびに、抜かれた花を探しているような錯覚に襲われる。
誰が、なぜ——?

 私は警察に相談した。
しかし、事務的なカウンターの向こうで、制服姿の若い警官が「草花くらいで」と苦笑いを浮かべるだけだった。
その声には、微かな同情と、どこか他人事の冷たさが混じっていた。
私は唇を噛みしめ、胸の奥にじくじくとした悔しさを飲み込んだ。
守ってくれるものは、ここにはいないのだと思い知らされた。

 私は、せめて自分なりの抵抗を試みることにした。
100円ショップで手に入れた素焼きの鉢に、アクリル絵の具で小さな花や涙を描き、「草花を勝手に持って行かないで!」という札を添えてミントを植える。
札の下には、泣いている花のイラストを添えた。
土の温もりと、絵を描く筆の冷たさ。
その両方を感じながら、私は小さな決意を込めて鉢を並べた。

 しかし、数日後。
庭に出ると、土の上には踏みつけられて泥だらけになった札だけが残されていた。
鉢もミントも、綺麗さっぱり消えている。
足元の芝生には、どす黒い土の跡と、割れた陶器の小さな欠片だけ。
朝の光がそれらを照らし出す。
私は静かにしゃがみこみ、指先で札を拾い上げた。
冷たい泥が爪の間に入り込む。
胸の奥に、言葉にならない空虚さが広がった。
なぜこんなことをするのか。
私の小さな幸せが、誰かにとっては無価値なのか。
心臓がどくん、と重たく鼓動する。
悔しさと情けなさが混じり合い、目の奥がじんわり熱くなった。

 季節が巡り、日差しが強さを増したある日。
私はふと、近所のガーデニング好きなママの庭の前を通りかかった。
彼女の庭には、これまで見たこともないほどミントが繁茂していた。
地面一面が青緑色の葉に覆われ、風が吹くたびにミントの清涼な香りが、通りまであふれてくる。
彼女は、いつもよりやつれた表情で、庭に出てはミントを手で抜いていた。
抜いても抜いても次々と生えてくるミントに、彼女の手は泥にまみれ、腕には擦り傷さえできている。
彼女の目元は赤く、涙の跡が頬に残っていた。

 私は遠巻きにその光景を眺めていたが、ふと彼女の足元に、見覚えのある割れた鉢の破片が転がっているのに気づいた。
デコレーションの絵の一部——あの泣き顔の花が、泥にまみれてうつ伏せている。
どこかで何かが繋がった気がした。
私のミントは、ここで繁殖し、彼女を困らせている。
彼女もまた、何かを守りたくて手を汚していたのだろうか。
それとも——。

 遠ざかる風の中、ミントの香りとともに、壊れた鉢の記憶が私の胸に残る。
庭の奥で、何も言わずに咲いている花たち。
その静けさの中で、私は自分の無力さと、誰かの孤独を思う。
小さな庭の世界の中で、それぞれがそれぞれの戦いを続けている。
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