○自宅・リビング(夜)
SE:時計の針の音が静かに響く
N:両親が離婚したのは、母が24歳、父が26歳、僕が6歳のときだった。
○回想・自宅・玄関(昼)
SE:ドアが激しく閉まる音
N:母は若くして僕を産み、望まれて生まれた子ではなかったらしい。
両親は新しいパートナーを見つけ、僕の親権を押し付け合っていた。
○同・玄関(続き)
伯父・剛(23歳・大柄な土木作業員、無骨だが目が優しい)が両親の前に立ちふさがる。
剛:(怒りを抑えて)
「俺がこの子に愛を教える。
貴様らは最低だ。
どこへでも行ってしまえ。
二度とこの子の前に現れるな」
(両親、無言で顔を背け、家を去る)
○自宅・リビング(夜)
SE:静寂
N:こうして、伯父と僕の生活が始まった。
○回想・自室(夜)
幼い「僕」(6歳・小柄・不安げ)が布団にくるまっている。
剛がそっと入ってくる。
剛:(優しく)
「なあ、俺のことは“ごうちゃん”って呼べ。
伯父さんなんて呼ばせたくねぇしな。
」
僕:(戸惑って)
「…ごうちゃん…?」
剛:(微笑んで)
「そうそう、それでいい。
」
(間)
N:大人の事情なんて分からなかった。
突然いなくなった両親、突然現れた大きな伯父。
“ごうちゃん”。
不安と戸惑いで、眠れぬ夜だった。
○回想・幼稚園前(夕方)
SE:軽トラックのエンジン音
剛が軽トラで僕を迎えに来る。
剛:(窓から手を振りながら)
「おーい、ごうちゃんだぞー!」
僕:(小さく手を振る)
○スーパー(夕方)
剛と僕、買い物かごを持って歩く。
剛:(悩みながら)
「今日はカレー…いや、ハンバーグにするか。
お前はどっちが好きだ?」
僕:(うつむきながら)
「…どっちでもいい。
」
剛:(苦笑しながら)
「そっか、じゃあ両方だ!」
○回想・自宅・キッチン(夜)
SE:包丁のトントンという音
剛が不器用に料理を作る。
焦げたハンバーグ。
僕が一口食べて顔をしかめる。
僕:
「…ちょっと、からい…」
剛:(爆笑して)
「だよな!俺もそう思った!」
N:料理は下手だった。
でも「不味いね」って言い合いながら一緒に笑った。
○近所の公園(休日・朝)
SE:子供たちの笑い声、ボールを蹴る音
剛が近所の子供たちとキャッチボールやサッカー。
全力でプレーし、子供たちを圧倒する。
子供A:
「ごうちゃん、強すぎるよ!」
剛:(大人気なく)
「手加減なんてしねぇぞ!」
N:悪さをすると殴られたけど、良いことをすると頭をガシガシ撫でてくれた。
僕は、どうして自分がこの環境にいるのか、忘れるくらい楽しかった。
○回想・小学校・教室(昼)
SE:ざわめき
授業参観。
剛、サイズの合わないスーツで教室の後ろに立つ。
周囲の母親たちがヒソヒソ。
先生:
「お父さん、いらっしゃってますね。
」
剛:(照れくさそうに)
「おう…」
○回想・自宅・キッチン(夜)
剛、お弁当を夜なべして作る。
おにぎりが不格好。
○高校・ラグビーグラウンド(夕方)
剛が観客席から声援を送る。
試合前、僕の肩を揉む。
剛:
「おい、ビビるなよ。
全力でいけ!」
僕:(うなずく)
○自宅・リビング(夜)
僕(18歳)、進路の話。
僕:(迷いながら)
「あの…やっぱり働こうかなって…」
剛:(真剣な表情で)
「やりたいことがあるんだろ。
家のことなんか心配すんな、糞ガキ。
俺はまだ若い。
行け。
」
N:専門学校に行かせてくれた。
○就職内定通知が届いた日・自宅(夜)
SE:封筒を開ける音
僕:
「受かった…!」
剛:(鼻をすすりながら、涙をこらえて)
「お、おぉ…やったな…」
N:剛ちゃんは、鼻水を垂らして泣いてくれた。
○スーツ店(昼)
僕が剛にスーツを贈る。
剛:(子供のように喜んで)
「おい、見ろよ!俺、かっこいいか?」
僕:(笑いながら)
「うん、似合ってるよ、ごうちゃん。
」
○結婚式会場・控室(昼)
剛が緊張した面持ちで僕を見守る。
剛:(目を細めて)
「大人になったな、お前。
」
○回想・病院(夜)
SE:心拍計の音
N:でも、神様なんて本当にいない。
剛ちゃんは仕事中に倒れ、そのまま入院した。
○病室(夜)
剛がベッドで眠る。
僕がベッド脇に寄り添う。
僕:(咄嗟に、声を震わせて)
「父さん!」
(自分でも驚いて、涙があふれる)
剛:(薄く目を開け、枯れ枝のような手で僕の頭を撫でる)
剛:(かすかに微笑んで)
「…もう大丈夫だ…」
(そのまま静かに目を閉じる)
SE:心拍計の音が途切れ、静寂に包まれる
(長い沈黙)
○病室(翌朝)
N:今でも忘れられない。
あの時、初めて「父さん」と叫んでしまったこと。
あの手の温もり。
○自宅・リビング(現在・夜)
僕(30代・落ち着いた雰囲気)、アルバムを開きながら、隣には幼い息子。
息子:
「お父さん、これ誰?」
僕:(微笑みながら)
「うん、これはごうちゃん。
…お前の名前に、ごうちゃんから一字もらったんだ。
」
N:ごうちゃん、病室で紹介した女の子と結婚して、子供が生まれたよ。
男の子だよ。
抱っこしてほしかったよ。
○墓前(夕暮れ)
SE:風の音
僕が墓前に立ち、手を合わせる。
息子が横に立つ。
僕:(涙をこらえて)
「ごうちゃん、今でも…会いたいです。
」
N:何年経っても、涙が止まらない。
実の両親の顔は思い出せない。
でも、血の繋がりなんて関係ない。
あなたは僕の父親であり、母親でもありました。
(カメラ、ゆっくりズームイン)
N:もし生まれ変わったら、今度は本当のあなたの子供として生まれたい。
そして、何度でも…頭を撫でてほしい。
(BGM:静かに、温かな曲が流れ始める)
(画面フェードアウト)
切ない話:「父さん」と呼べなかった日―伯父と僕のささやかな奇跡
「父さん」と呼べなかった日―伯父と僕のささやかな奇跡
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