切ない話:「父さん」と呼んだ、あの瞬間から始まる僕たちの物語

「父さん」と呼んだ、あの瞬間から始まる僕たちの物語

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涙が止まらなかった。
ごうちゃんが病室のベッドで静かに目を閉じるその瞬間、咄嗟に「父さん!」と叫んでいた自分に、自分自身が驚いた。
枯れ枝のように細いその手で、最後にもう一度頭を撫でてくれた。
あの温かさは今でも忘れられない。


なぜなら、その日まで僕は彼を「父さん」と呼んだことはなかった。
彼は伯父であって、実の父ではなかったはずだ。
だけど、意識を失いかけた彼を前に、自然にその言葉が溢れ出ていた。
そして、彼は静かに息を引き取った。


―その1年前、ごうちゃんは結婚式にも来てくれた。
初めての給料で作ったスーツに、子供のように喜んだ。
僕が就職を決めた時には、鼻水を垂らして泣いてくれた。
「やりたいことがあるんだろう、糞ガキが家のことなんか心配すんな、俺はまだ若い」と専門学校へも送り出してくれた。


思い返せば、ごうちゃんとの毎日はいつも楽しかった。
土木作業員の23歳、ごうちゃんは毎日軽トラで迎えに来てくれた。
料理は下手だったけど、不味いねと笑いながら二人で食べた。
休みの日は、朝から夕方までキャッチボールやサッカー。
悪いことをすれば殴られ、良いことをすれば頭をガシガシ撫でてくれた。
小学校の授業参観、遠足のお弁当、ラグビーの応援。
どんな時も、彼は「ごうちゃん」として僕の傍にいた。


でも、その始まりは突然だった。
両親が離婚し、親権を押し付けあっていた6歳の僕。
両親に望まれて生まれたわけではなかったと、なんとなく悟っていた。
そんな時、母の弟である伯父が「俺がこの子に愛を教える。
貴様らは最低だ。
どこへでも行ってしまえ」と、僕を引き取ってくれた。


思えば、ごうちゃんがいなければ、僕はきっと両親の顔も思い出せずに大人になっていただろう。
血の繋がりがなくても、あなたは僕の父親であり、母親でもあった。
生まれ変わったら、本当のあなたの子供として生まれたい。
そして、何度でも頭を撫でられたい。


今、あなたに会いたい。
あの日、病室で紹介した女の子と結婚して、子供が生まれたよ。
男の子だ。
ごうちゃんから一字もらって名付けた。
抱っこしてほしかった。


今日もまた、涙が止まらない。
けれど、あの瞬間「父さん」と呼べたことを、僕は一生誇りに思う。
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