切ない話:血の繋がりを越えて――ごうちゃんと生きた日々、父と子の物語

血の繋がりを越えて――ごうちゃんと生きた日々、父と子の物語

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■【起】〜置き去りの少年と現れた大きな背中〜
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両親が離婚したのは、母が24歳、父が26歳、僕がまだ6歳の時だった。
母は若くして妊娠し、僕が生まれた時、望まれていた訳ではなかったらしい。
父と母はそれぞれ新しいパートナーを作り、親権を押し付け合い、僕の存在はまるで荷物のようだった。


そんな混乱の中、母の弟、つまり伯父が声を上げた。


―俺がこの子に愛を教える。
貴様らは最低だ。
どこへでも行ってしまえ、二度とこの子の前に現れるな

突然現れた大きな伯父と、いなくなった両親。
幼い僕には大人の事情など分からず、戸惑いと不安だけが胸に残った。
でも、どこかで「自分はいつか両親に捨てられるのだろう」と薄々感じていた。


■【承】〜無骨な優しさ、ごうちゃんとの新しい毎日〜
───────

伯父は僕に「ごうちゃん」と呼べと言った。
両親がいない僕に「伯父さん」と呼ばせるのは酷だと思ったのかもしれない。
23歳の土木作業員だったごうちゃんとの生活は、最初はぎこちなくも、徐々に楽しいものへと変わっていった。


毎日軽トラで幼稚園に迎えに来てくれて、そのまま夕飯の材料を買いに行った。
料理は下手だったけれど、不味いねと笑い合いながら食卓を囲んだ。
休みの日は朝から夕方までキャッチボールやサッカーをして遊んだ。
ごうちゃんは大人気なく、本気で運動する姿に、近所の子供達からも一目置かれていた。


悪いことをすれば殴られたが、良いことをすると頭をガシガシ撫でて褒めてくれた。
ごうちゃんのおかげで、なぜ自分がこの環境にいるのかを忘れるくらい、毎日は笑いと温かさに満ちていた。


小学校の授業参観には似合わないスーツで来てくれ、遠足のお弁当も夜なべして作ってくれた。
高校で始めたラグビーの応援にも駆けつけてくれ、試合前にはマッサージまでしてくれた。
高校卒業後、働くつもりだった僕に「やりたいことがあるんだろう、糞ガキが家のことなんか心配すんな、俺はまだ若い」と言い、専門学校に行かせてくれた。


やがて就職が決まり、初めての給料でスーツを作ってあげた時、ごうちゃんは子供のようにはしゃいでいた。


■【転】〜別れのとき、叫んだ「父さん」〜
───────

ごうちゃんは僕の結婚式にも来てくれた。
しかし、幸せな日々は永遠ではなかった。
神様なんて本当に居ない。
ごうちゃんは仕事中に倒れ、そのまま入院。
手術から1ヶ月後、帰らぬ人となってしまった。


今でも忘れられない。
意識を失ったごうちゃんのそばで、咄嗟に「父さん!」と叫んでいた。
自分でも驚いたその言葉と共に、涙が止まらなかった。
ごうちゃんは薄っすら目を開け、僕の頭を撫でてくれた。
その手は枯れ枝のように細かったけれど、確かに温かかった。
そして静かに目を閉じたのだった。


■【結】〜受け継いだ愛、そして願い〜
───────

ごうちゃん、病室で紹介した女の子と結婚して、子供が生まれたよ。
男の子だよ。
ごうちゃんから一字もらったからね。
抱っこして欲しかったよ。


あれから今日の命日まで何年も経つのに、涙が止まらない。
実の両親の顔なんて思い出せないけれど、血の繋がりがなくてもあなたは僕の父親であり、母親でもありました。
生まれ変わったら、本当のあなたの子供として生まれたい。
そして何度でも、あの大きな手で頭を撫でてもらいたい。


今、とても会いたいです。
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