夜の帳が静かに降り、人工的な蛍光灯の淡い光が部屋の隅々まで薄く広がっていた。
時計の短針はすでに朝の五時を指している。
窓の外からは、まだ朝焼けの気配すら感じられない。
しかし、僕の目は冴えきっていた。
手にしたコントローラーは、夜通し握りしめていたせいで、ほんのりと体温を帯びている。
指の節々は痺れるように重くなり、掌には汗の湿り気が残っていた。
ドラクエの世界の中では、次々にモンスターを倒し、レベルアップの電子音が脳裏に心地よくこだましていたが、現実の部屋は静謐そのものだった。
唯一響くのはゲーム機のファンの微かな唸りと、僕の呼吸音だけだ。
やがて、部屋の戸棚に置かれた小さな目覚まし時計のベルが鳴り出す。
甲高い音が静寂を切り裂き、僕は動揺で一瞬肩を震わせた。
夜更かしの罪悪感が胸の奥にじわりと広がり、体の隅々に重さとして沈殿していく。
窓の外からは、ほんのりとオレンジ色の光が差し始めていた。
冬の朝特有の冷え切った空気が、布団の隙間から忍び寄る。
僕はゆっくりと立ち上がり、机の上に放り出した財布を手に取った。
財布の質感は長年の使用で柔らかくなっており、手のひらにしっくりと馴染む。
しかし、ファスナーを開けた瞬間、そこに広がるのは無造作に詰め込まれた小銭の銀色の光だけだった。
紙幣は一枚も見当たらない。
じゃらじゃらとした音が、不意に現実感を増幅させる。
口の中が不自然に乾くのを感じた。
舌先に、夜通しゲームばかりしていたせいか、微かな金属臭が残っている。
「大学に着くまでにモンスターを倒せば、昼食代くらいなんとかなるだろ」――そんな思考が、半分冗談、半分本気で頭の奥に浮かぶ。
ゲームと現実の境界が、夜明けの曖昧な光の中でぼやけている。
駅へと向かうために玄関を出ると、冷たい朝の空気が肌を切るように感じられた。
深呼吸をすると、肺の奥まで刺すような冷気が入り込み、頭が少しだけ冴える。
アパートの前の歩道は、まだ人影もまばらだった。
朝露に濡れたアスファルトが、ぼんやりとした街灯の光を反射している。
踏みしめるたびに靴底がしっとりと湿り気を帯び、遠くでカラスが一声鳴いた。
小さなコンビニの前を通り過ぎると、焼き立てパンの甘い匂いが一瞬だけ鼻腔をくすぐる。
それは、空腹を鋭く意識させた。
駅までの道を歩きながら、僕はふと立ち止まった。
200メートルほどしか進んでいない。
心臓の鼓動が、なぜか急に大きくなった気がした。
冷たい風が頬を撫で、気づかぬうちに肩が強張っている。
自分の足音だけが妙に大きく響く中、心の奥底にある微かな違和感――今日は何かが違う、という予感が強くなる。
頭の中で昨夜の光景がフラッシュバックする。
いつからか、現実を見失っていたのではないか。
ゲームと現実を混同する自分が、どこか怖かった。
そして、立ち止まったまま空を仰ぐ。
淡い青に染まり始めた空と、遠くに薄くたなびく雲。
その一瞬、時間がゆっくりと流れた気がした。
大学に向かう意味、無理して日常を繰り返すことの虚しさ。
全身を包む朝の冷たさが、心の奥の疲れまで浮き彫りにする。
「今日は、もういいかもしれない」――そう思うと、肩の力がふっと抜けた。
身体のこわばりが解け、深く息を吐く。
静かな町並みの中、自分の足音だけが消えていく。
僕は踵を返し、朝露に濡れた道をゆっくりと引き返した。
その日、僕は大学を休むことにした。
部屋に戻ると、淡い朝の光がカーテンの隙間からこぼれ、昨晩とは違う静けさが満ちていた。
ゲームの電源は切れたまま。
現実と幻想の狭間で、僕はしばらくただ、静かに呼吸を繰り返していた。
笑える話:夜明けの静寂に包まれ、現実と幻想が交錯する朝――眠れぬ夜の果てで
夜明けの静寂に包まれ、現実と幻想が交錯する朝――眠れぬ夜の果てで
🔬 超詳細 に変換して表示中
読了
スワイプして関連記事へ
0%
記事要約(300文字)
ダミー1にテキストを変換しています...
0%
変換中
コメント