笑える話:朝靄の向こうに消えた歩み――眠れぬ夜と大学への道

朝靄の向こうに消えた歩み――眠れぬ夜と大学への道

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東の空が薄らと白みはじめ、まだ夜の残滓が窓辺に漂っている。
部屋の隅、液晶画面の青白い光が、眠気を知らぬ若者の顔を照らしていた。

 僕は夜を丸ごと飲み込んでしまった。
冒険の世界に心を奪われ、時の流れも現実の重みも、どこか遠くのもののように感じていた。
指先でコントローラーを撫でる感触。
乾いた唇。
カーテン越しに射し込む朝の光が、現実へと引き戻すように痛かった。

 ふと、机の上の財布に手を伸ばす。
中身を覗くと、紙幣は消え失せ、小銭がいくつか鈍い音を立てて転がった。
昨夜の熱狂の残骸が、こんな形で現れるとは思いもしなかった。

 「大学に着くまでにモンスターでも倒せれば、昼食代くらいにはなるだろうか」
 そんなふうに、現実と幻想の境目が曖昧なまま、僕はひとりごちた。

 まだ眠り足りない頭を抱えて、駅へ向かう道を歩き始める。
朝靄が街を薄絹のように包み、遠くで電車の警笛が、まるで寂しげな獣の遠吠えのように響いてくる。
冷たい空気が頬を撫で、昨日の熱が嘘のように消えていった。

 200メートルほど歩いたところで、僕は足を止めた。

 何かが、心の奥底で静かに崩れ落ちる音がした。
足元のアスファルトは、やけに重く現実的で、ゲームの世界では決して味わえない確かな重みがあった。

 今日、僕は大学を休むことにした。

 その決断が、何かからの逃避なのか、それともほんの一時の休息なのか、自分でもわからなかった。
ただ、朝靄の向こうに消えていく自分の影を見つめながら、言い訳のひとつも思い浮かばないまま、ゆっくりと踵を返した。

 静かな朝。

 眠れぬ夜の名残と、現実の重みだけが、僕のポケットに残されていた。
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