不思議な話:「留守番の夜、ティッシュ箱を通じて遭遇した“境界の風”と緑色の異界生物──幼き日の一夜とその余韻」

「留守番の夜、ティッシュ箱を通じて遭遇した“境界の風”と緑色の異界生物──幼き日の一夜とその余韻」

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小学校低学年の夏、両親が連れ立って外出し、急に静寂が降りた家のリビング。
まだ幼かった私は、どこか心細さと解放感が入り混じった気持ちで、テーブルの上に置かれた冷たいグラスのジュースを両手で包み込んでいた。
窓の外からは、夕暮れが沈む前の、どこか青黒く澄んだ光が薄く差し込んでいる。
時計の秒針がやけに大きく音を立て、冷蔵庫の微かな唸りも耳に残る。
エアコンの風が肌を撫でるが、部屋の隅には昼間の熱が微かにこもっていた。

ふと、手元が狂った。
ほんの一瞬、グラスの底がテーブルの端に触れ、オレンジ色の液体が弧を描いて、テーブルクロスにこぼれ落ちる。
ジュースが拡がる音は、まるで静寂に小石を落としたようだった。
慌てて立ち上がると、足の裏に冷たいジュースの感触。
心臓がどくんと高鳴り、額にじんわり汗がにじむ。
私はすぐさまティッシュ箱に手を伸ばし、乱暴に引き抜く。
紙の繊維が指にひっかかり、薄いシートが次々に破れながら抜けていく。
ジュースの甘ったるい香りが鼻腔に強く広がり、喉の奥が渇くのを感じた。

無我夢中で拭き続けるうち、ティッシュはみるみる減っていった。
やがて箱は軽くなり、中を覗き込むと、わずかな紙片のほかには何も残っていない。
私は何気なく、習慣のようにその空箱の奥をのぞき込んだ。
その瞬間、視界が急に不思議なものに変わった。

ティッシュ箱の奥には、ありふれた段ボールの茶色の代わりに、夜道のような漆黒が広がっていた。
遠くに、街灯に照らされたアスファルトの路面がぼんやりと浮かぶ。
ごう、と低く唸る風の音。
まるで箱の向こう側が現実のどこかの夜道につながっているかのようだった。
私は思わずごくりと唾を飲み込む。
手にした箱が、突然重く冷たくなった気がして、心臓が小動物のように暴れ始める。

その時、強い風が箱の奥から吹き上げてきた。
目に見えぬ空気の流れが、顔に生暖かく、同時にほんのり土の匂いを含んで当たる。
髪がわずかに揺れ、細かな埃が鼻をくすぐる。
耳には自分の呼吸音がどこか遠く感じられ、部屋の音が一瞬消えたように思えた。

「もしや、夢を見ているのか?」と混乱しつつ、私は好奇心に抗えず、そっと人差し指を箱の中へ差し入れてみた。
箱の中は、確かに現実の空気とは違う。
指先に風がまとわりつき、まるで夜の路地裏に手を伸ばしているような錯覚。
驚きと戸惑い、そして恐れにも似た興奮が胸の奥から込み上げてくる。
「なんじゃこりゃ、おもしろい!」と、思わず声が漏れた。
誰もいない家に、私の声が吸い込まれていく。

しかし次の瞬間、指先にべちゃりとした冷たい感触が走った。
まるでゼリーのような、あるいは濡れた昆布を掴んだような、ぬるりとした生温かさ。
私は心臓が止まりそうなほど驚き、反射的に指を引き抜いた。
指先から手首にかけて、半透明の緑色をした物体がまとわりついている。
形は不定形で、ところどころ濃淡があり、薄い膜の中に、黒い点──まるで目玉のようなもの──がゆらゆらと揺れていた。
生臭い、海藻の腐ったような匂いが鼻を突き、胃の奥がきゅっと縮んだ。

私は情けない声をあげ、涙目になりながら洗面所へ駆け込んだ。
蛇口をひねると、水の冷たさが手を走り抜ける。
スライムのような物体はぬるぬると肌に絡みつき、いくらこすってもなかなか落ちない。
必死に片手で握り潰そうとしたが、ぐにゅりとした感触ばかりが残り、指の間からぬるぬるとした液体が流れ落ちる。
息は早く、胸は上下し、額からは冷や汗が滴った。
30分ほど、時間の感覚が消え失せるほど無我夢中で洗い続けた。

やっとの思いで手からそれを落とし、しばらく洗面所のタイルに座り込んだ。
体は小刻みに震え、右手には赤い水ぶくれがいくつも浮かんでいた。
痛みと恐怖、現実感のなさがないまぜになり、しばらく立ち上がることができなかった。
リビングに戻ってティッシュの箱を見ても、もう二度とあの夜道も、風も、何も見えなかった。
部屋は静かで、ただエアコンの風と時計の音だけが残っている。

両親が帰宅し、すがるようにこの出来事を話しても、にわかに信じてもらえなかった。
母は「ちゃんと拭いた?」と心配そうに言い、父は「そんなことあるわけないだろう」と笑った。
でも、右手の水ぶくれだけは、確かに私の恐怖と証拠だった。
夜、暗い部屋で布団にくるまると、あの箱の奥の黒い闇と緑色のスライム、そしてその中の目玉がまぶたの裏に焼き付いていた。

翌朝、学校へ向かう道すがら、昨日の出来事が現実だったのか疑いながら歩いていた。
ふと家の近くのコンクリートの溝に目をやると、そこに見覚えのある緑色の塊が転がっていた。
昨日よりもずっと小さくなり、弱々しく震えている。
どこかに向かって、必死で進もうとしているように見えた。
私は一歩踏み出した足を迷ったが、結局、恐怖と嫌悪が勝り、足を振り下ろしてそれを踏み潰した。
靴裏に伝わるぬるっとした感覚。
胸の奥に、ほんの少しの罪悪感と大きな安堵が渦を巻いた。

この体験を誰も信じてはくれなかったが、私にとっては唯一無二のオカルト体験。
今でも夜道を歩くとき、ふとティッシュ箱の奥から吹き抜ける風と生臭い匂いを思い出すことがある。
あの夜、私はもしかしたら知らぬ間に異界の何かを家に呼び込み、そして、地球を救ったのかもしれない。
そんな妄想めいた余韻を、今も私は密かに胸にしまっている。
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