笑える話:夜の静寂、ホクロと宇宙の神話――父と子の対話に潜む無限の広がりと切なさ

夜の静寂、ホクロと宇宙の神話――父と子の対話に潜む無限の広がりと切なさ

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夜の帳がゆっくりと降りてきて、窓の外はすっかり藍色に染まっていた。
ほのかなオレンジ色の電灯が天井からふんわりと部屋を照らしている。
畳の上には、まだ少し湿り気を帯びた夏の夜の空気が漂い、遠くで虫の声がかすかに響く。
子ども用の掛け布団の縁を指でなぞりながら、少年はふと顔を上げて、隣で座る父親の顔をまじまじと見つめた。
父の頬に小さなホクロがひとつ、うっすらと影を作っている。

 「ねぇ、お父さん、人間にはどうしてホクロってあるの?」
 少年の声は眠りに落ちる前の、少し湿った囁き。
部屋の静寂の中で、その問いかけはまるで柔らかな石を湖面に投げ入れたように、空気を僅かに振動させる。

 父は、少し驚いたように眉を上げ、微笑んだ。
けれど、その目の奥にはどこか遠い記憶を辿るような翳りが見え隠れする。
「いい質問だね」とゆっくり口を開いた時、父の声は低く、包み込むような温かさを帯びていた。
畳の匂い、外から流れ込む夜風の冷たさ、すべてがその一言に吸い寄せられるようだった。

 「この宇宙はね、神様のホクロのひとつにすぎないんだよ」
 父は天井を見上げる。
灯りの下、影が長く伸びて壁に揺れる。
その視線の先に、少年も釣られて目を向ける。
白い天井に、薄暗いシミがぽつんと浮かんでいる。
「つまり、神様の体には僕たちの知らないたくさんの宇宙がある。
無数のホクロみたいになっているんだ。


 少年は驚きに目を大きく開く。
まつげが震え、その奥の瞳は、まるで本当に宇宙を覗き込んでいるようだった。
「へぇ、僕たち神様のホクロの中に住んでるの?」
 その無邪気な問いの裏には、どこか自分の存在の不思議さ、ひとつの小さな点に無限を感じる戸惑いが混じっている。

 父は頷き、少年の頭に手を乗せる。
その手は少しひんやりとし、しかし掌の重みには確かな安心感があった。
「そうなんだ。
そしてね、私達のホクロも、それぞれが小さな宇宙なんだよ。


 天井の灯りが父の指に反射し、指輪のない手が少年の額を軽くなぞる。
少年は思わず自分の腕を見下ろし、点々と並ぶホクロを数え始める。
その一つ一つが、今までとは全く違う意味を持ち始めた。
「ええっ!?これ全部宇宙なの!?」
 声が少しだけ跳ね、部屋の空気がまた震える。

 父は唇に微かな笑みを浮かべて言葉を続ける。
「そうさ。
気づかないうちにホクロが増えることがあるだろう?」
 父の声のトーンが、ふと低くなる。
まるで秘密の儀式を始める前の呪文のようだ。

 少年は頷く。
記憶の中で、夏のプールの更衣室で友達に指摘された新しいホクロの感覚が蘇る。
あの時の驚き、皮膚のわずかなザラつき、そして少し誇らしいような不安なような感情。

 「うん、あるある。


 父は窓の外を一瞬見やる。
風がカーテンをそっと揺らし、夜の匂いが部屋に満ちる。
「あれはいわゆるビッグ・バンなんだ。
今この瞬間にも、新しい宇宙や命が、私達の身体のどこかで生まれているんだよ。

 そう語る父の声は、どこか神秘的で、けれども切なさを孕んでいる。
自分の中に何かが生まれている、その想像が少年の胸にじわりと広がる。

 「すごいと思わないかい?」
 父の問いかけに、少年は少し考えてから、ゆっくりと頷いた。
心臓が少しだけ早く鼓動する。
自分の小さな体の中に、無数の命や宇宙が宿っている――その奇跡を想像しようとするが、どこか現実感がない。
けれど、ほんの少し、胸の奥が温かくなる。

 だが、次の瞬間、少年の顔に影がさす。
彼の視線が父の額に止まり、しばし沈黙が流れた。
時計の針の音さえも止まったような、重たい間。

 「じゃあ、おでこの大きなホクロを『かっこ悪い』って理由で取ったお父さんは最低の人間なんだね。


 父は一瞬言葉を失う。
喉の奥で何かが引っかかり、呼吸が浅くなる。
指が微かに震え、目を伏せる。
そこには、かつて自分が気にしていた孤独や恥ずかしさ、そして大人になっても消えない自己否定の影が差し込む。

 「…」

 少年は、父の沈黙を確かめるように、もう一度繰り返す。
「最低の人間なんだね。

 その言葉には、どこか半分冗談めいた響きと、半分は本気の苛立ちが混じっていた。
部屋の空気が少しヒリヒリと痛む。

 父は何か反論しようとするが、喉が渇いて言葉にならない。
昔、鏡の前でホクロを指で触りながら、手術を決意したあの夜のことが脳裏に蘇る。
幼い日の自分の声、母親の冷ややかな視線、同級生の嘲笑――記憶の断片が胸を締め付ける。

 少年はさらに追い打ちをかける。
「無職かつ最低の人間なんだね。

 その声には、幼さゆえの残酷さがにじむ。
父の顔から血の気が引く。
親としての威厳も、男としての自尊心も、今はただ薄暗い部屋の片隅で小さく震えている。

 父は、かすれた声でかろうじて言葉を絞り出す。
「無職は関係ないんじゃないか?」

 少年はふわりと布団に身を預け、目を閉じる。
まぶたの裏に、父の言葉と自分のホクロが、宇宙のように広がっていく。
「寝るね。
おやすみ。


 父はもう一度、静かに訴える。
「なぁ、無職は関係ないんじゃないか?」

 部屋の静けさが、まるで宇宙の真空のように二人を包む。
虫の音が遠くでかすかに鳴き、夜の冷たい空気が父の肌を撫でていく。
天井の灯りは、次第に眠気とともにぼやけていく。
父の胸の奥には、小さなホクロのような、消えない寂しさと、微かな希望がじっと息を潜めていた。
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