「ホクロ＝宇宙」幻想にみる親子の自己概念と防衛機制の心理分析

この物語は、父子の会話を通じて自己概念の揺らぎや親子関係における防衛機制、認知バイアスがどのように現れるかを示している。

まず、子どもが「人間にはどうしてホクロってあるの？」と問いかける行動は、純粋な好奇心の表れであると同時に、「自分とは何か」「世界はどう成り立っているのか」といったアイデンティティの発達的課題（エリクソンの発達段階論でいう「同一性の確立」）に起因している。

父親はこの問いに対して、「ホクロ＝宇宙」「神様の体の一部」といった壮大な比喩で応える。
これは単なる冗談やごまかし以上に、自己の価値や存在意義を「宇宙的な何か」と結びつけて昇華しようとする無意識的な欲求――つまり、「合理化」や「昇華」といった防衛機制が働いていると考えられる。
父親自身が「無職」という社会的劣等感を抱えているため、自分や家族の存在を大きな物語に位置づけることで、無意識的に自己価値の低下への不安を緩和しようとしていると解釈できる。

子どもはこの物語を一旦は興味深く受け止めるが、「おでこの大きなホクロを『かっこ悪い』って理由で取ったお父さんは最低の人間なんだね」と急激に攻撃的な態度を見せる。
ここにはいくつかの心理メカニズムが指摘できる。

1. 投影：
子どもは「ホクロ＝宇宙」という父親の説明を受け、自分自身の中にある「欠点」や「恥ずかしさ」を父親に投影している。
「最低の人間」と繰り返すことで、自分の不安や劣等感を外部化し、父親に押しつけている。

2. 境界線の曖昧さ：
親子関係において自他の境界がまだ明確でない幼児期では、親の行動や価値観を自分のものとして取り込む傾向がある。
父親の「ホクロを取った」行為は、子どもにとって「自分の一部（宇宙）を否定された」体験として認識され、攻撃的な反応につながった可能性がある。

3. 認知的不協和：
父親の語った「ホクロ＝大切な宇宙」という価値観と、父親自身がホクロを取ったという事実が矛盾し、子どもの中で認知的不協和が生じている。
「最低の人間」というラベリングは、この不協和を解消する一つの方法である。

父親は「無職は関係ないんじゃないか？」と繰り返すが、これは自己弁護的な合理化であり、自己効力感の低下を補償しようとする反応である。
子どもによる「無職」という指摘は、社会的役割への不安や親の威厳の揺らぎを象徴している。

全体を通して、親子のやりとりには愛着スタイルの影響や、家族内での役割期待、自己概念の発達過程が色濃く投影されている。
父親のユーモアや比喩は、一見子どもを楽しませる工夫のようでありながら、無意識下にある自己価値の補償や現実の困難からの心理的逃避（解離的傾向）とも解釈できる。

もしこの親子が、互いの感情や価値観にもう少しオープンに向き合い、ユーモアや比喩だけでなく具体的な自己開示を重ねていけば、自己概念のより健全な発達や親子関係の安定化が期待できるだろう。