秋の朝、裏山の稜線に淡い霧が絡みつき、橙色に色づき始めた木々の隙間から、まだ冷たい光が地面を斑模様に照らしていた。
僕と友人の直樹は、湿り気を含んだ落ち葉を踏みしめながら、いつものようにキノコ狩りに興じていた。
その日曜日、空は高く澄みきっていて、深呼吸をすれば土と苔の匂いが胸いっぱいに広がった。
収穫も順調に進み、籠の中には秋の恵みが小さな山を成していた。
そろそろ引き返そうか――そう思い始めた矢先、直樹が突然、息を呑むような叫び声をあげ、その場にしゃがみ込んだ。
「どうした?」
僕は慌てて駆け寄る。
直樹は震える指で上空を指し示している。
見上げた先、梢の間から二つの人影がこちらを見下ろしていた。
いや――それは人間ではなかった。
細いロープに吊された二体のマネキン。
首を不自然に傾げ、風に揺れ、まるで命を持っているかのように。
しばし言葉は喉の奥で凍りつき、ただ心臓の鼓動だけが耳元で不規則に鳴り響いた。
現実の重みが、冷たい手すりのように僕の腕を締めつけていた。
我に返ったのは、直樹のかすれた声だった。
「いたずらにしては……ひどすぎる」
僕は無言でうなずき、二人で急ぎ山を下った。
*
家に戻ると、親父が縁側で煙草をくゆらせていた。
山での出来事を説明する間、親父は一言も発さず、ただじっと僕らの顔を見ていた。
やがて親父は立ち上がり、脚立と手斧、枝切り鋏を無造作に抱えた。
「行くぞ」
その背中には、言葉にできない重さが宿っていた。
*
三人で再び山へ向かった。
木立の間を進むうち、冷たい風が頬をなで、遠くで鳥が一声、短く鳴いた。
親父が脚立に上り、僕と直樹がそれを支えた。
親父は無駄な動きを一切せず、ロープを切り、マネキンを地面へと落とす。
その音は、森の静寂を裂くように鈍く響いた。
「さっさと処分しちまうぞ」
親父の声は低く、どこか祈るような響きを帯びていた。
*
納屋までマネキン二体を運び、見つからぬように衣服を剥がす。
ふと、マネキンの腹部に赤いペンキで大きな文字が踊っているのが目に入った。
「このマネキンを下ろした人間は死ぬ」
僕らは息を呑み、沈黙した。
直樹の顔が青白くなり、僕の指先も冷たく痺れ始める。
もう一体の服も剥がすと、そこにも言葉が刻まれていた。
「このマネキンを下ろした人間の、最も愛する者が死ぬ」
その瞬間、納屋の空気は鉛のように重く、息苦しさが胸を締め付けた。
信じるわけにはいかない、だが、ただの冗談にしては、あまりにも悪意が色濃かった。
親父は僕たちの肩に手を置き、静かに言った。
「……ジュースでも買ってこい」
その声は、いつになく優しかった。
*
僕と直樹が納屋を出ると、秋の空気が肌に沁みとおる。
遠くで犬が吠え、夕暮れの気配が山の端に忍び寄っていた。
しばらくして戻ると、マネキンたちは跡形もなく砕かれていた。
親父は何事もなかったかのように、古びたラジオをいじっていた。
*
あれから僕たちは、その出来事について口にすることはない。
あの日、マネキンの腹に刻まれていた言葉だけが、今も胸の奥に棘のように残っている。
最も愛する者――その言葉の重さに、僕たちは未だに囚われ続けている。
秋が過ぎ、冬が訪れても、裏山を歩けば、あの日の冷たい空気と、あの吊された影が、心のどこかで息を潜めているのだ。
怖い話:深山に吊された影――秋の裏山にて
深山に吊された影――秋の裏山にて
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