2000年代初頭の地方大学生と「廃道」探検文化——社会的背景と個人心理の交錯

この物語が起きたのは、今から約20年前、すなわち2000年代初頭の日本である。
当時はバブル崩壊後の長引く不況の影響がまだ色濃く残り、若者たちの間には将来への漠然とした不安が広がっていた。
就職氷河期と呼ばれる時代であり、大学生たちも「夢」や「目標」を見出しにくい社会状況に置かれていた。
主人公である「俺」やその友人K、Sもまさにそのような時代性の中で育ち、日々に刺激や意味を見出せずにいたことがうかがえる。

地方都市にある大学に通う若者たちの日常は、都市部とは異なり、娯楽の選択肢が限られていた。
コンビニやカラオケ、ファミリーレストランといったチェーン店が増えつつあったが、都会的な刺激や多様な文化にはなかなか触れられない環境である。
そのため、車は移動や趣味の必需品であり、友人同士でのドライブや「探検」は、地方の若者文化の一端を担っていた。

「廃道探索」という行為自体も、インターネット黎明期に拡大したサブカルチャーの一つである。
2000年代には廃墟や廃道、心霊スポットを巡ることが、若者の間で「非日常」を体験する手段として静かなブームとなっていた。
これは、日常生活の閉塞感や、社会的な不安・無力感の反動として、「未知」や「危険」に身を投じることで自己の存在を確認したいという心理が背景にあったとも解釈できる。

地域的に見ると、舞台は山間部に近い地方都市周辺で、過疎化や少子高齢化が進み、かつて賑わった道路や集落が廃れていく過渡期であった。
廃道や廃墟は、過去の経済成長とその後の衰退を象徴する存在であり、地元の人々にとっては忘れ去られた過去の遺産とも言える。
廃道にかかるトンネルや土留め、鳥居や祠といった構造物は、地域の歴史や信仰、土着的な文化の痕跡を今に伝えている。

物語の中で登場する「鳥居」や「祠」、御札や人間の耳が打ち付けられた巨大な茅葺き建物は、日本の民間信仰や山岳信仰の文脈も反映している。
山間部では古来より、自然への畏敬や境界の意識から、異界と現世を分ける象徴として鳥居が置かれ、祠が建立されてきた。
また、人間の「耳」が御札とともに柱に打ち付けられている描写は、民間伝承にある「耳切り地蔵」や「耳納め」の儀式、あるいは禁忌の地への警告といった、恐怖と信仰が交錯する日本独特の呪術的風習を想起させる。

登場人物たちの家庭環境や個人史は詳細には語られていないが、「目的のない大学生活」や「無為な日々」といった描写から、家族や地域社会から大きな期待やプレッシャーを受けることなく、自由度の高いがゆえに自己を見失いやすい環境で育ったことが推察できる。
同時に、Kの車（ジムニー）を使い、工具（ニッパ）を持参するなど、地方の若者らしい実用的な知識やサバイバル的なスキルも垣間見える。

また、廃道の入り口が後日「頑丈な門で封鎖された」という描写には、地域行政による安全管理や、都市化・近代化の過程で伝統的な場所や危険な場所が徐々に「管理・排除」されていく現代社会の流れが見て取れる。
これにより、非日常的な体験を求める若者たちと、地域社会や行政が求める「安全・秩序」との間にギャップが生じていることも示唆されている。

このように、個人の心理的背景（閉塞感、無目的感）、地域社会の過渡期的状況（過疎化、伝統の衰退）、そして時代の大きな流れ（経済不安、若者文化の変化）が複雑に絡み合い、「俺」たちの一夜の体験は、単なる怪談や超常現象譚以上に、2000年代初頭の日本社会が抱えていた問題や心性を映し出しているのである。