「別れたいの、ごめんね」
その言葉が、静かなフレンチレストランの空気を一変させた。
祝福のざわめきも、ワイングラスの音も止まり、俺は固まったまま、彼女を見つめていた。
彼女は泣きながら「ごめんね!本当にごめん!」と叫び、店を飛び出した。
視線が刺さる中、呆然とした俺の前に、ウェイターがスープを運んでくる。
「帰るなら今ですよ」と言わんばかりの目線。
でもなぜか、俺は『おいしそうだ』なんて言いながら、スープを受け取ってしまった。
なぜ、こんなことになったのか。
話は少しだけ巻き戻る。
彼女の誕生日。
俺は、彼女がずっと行きたがっていたフレンチレストランを、1人1万8000円もするコースで予約した。
待ち合わせ場所で彼女と合流し、レストランへ向かう道すがら、彼女は「ここは…覚えててくれたんだ」と涙ぐむ。
席に座っても、サラダが来ても彼女の涙は止まらない。
俺は「そんなに泣くなって、誕生日だし…ここ来たかったんだろ?」と声をかけるが、彼女はただただ泣くばかり。
さっきまでの俺は、まさかこの涙が「感動」じゃないなんて思いもしなかった。
思えば、彼女はずっと何かを言いたげだった。
俺は「涙を拭けって」と、周囲の注目も気にせず彼女を励ますが、突然「別れたいの、ごめんね」と大声で告げられる。
店内は静まり返り、何も考えられなくなった俺は、「えっ、ちょっと落ち着こう、ワイン頼む?」と動転して訳の分からないことを口走っていた。
その後も、店内に残り続けた俺。
スープ、メインとコースを食べながら、周囲の好奇の目に耐えていると、不意に彼女が現れる。
怒る気にもなれず、「心配したよ、どうしたの?」と声をかけると、彼女は椅子に置き忘れていた携帯を握りしめ、無言で再び走り去った。
再び緊張感が走る店内。
ウェイターが「デザートは…どうしますか」と小声で尋ねる。
そう、バースデーケーキも予約してあった。
でも、これだけは流石に食べる気になれず、「無しの方向で」と訳の分からない返事をして席を立つ。
1週間が経った今、俺は元気だ。
フラれた悲しみよりも、あの夜の視線の痛さの方が、いまだに胸を刺す。
実は、彼女の涙は最初から、終わりのサインだったのだ。
そして俺は、そのすべてを誕生日のサプライズだと信じて疑わなかった。
今でも時々思う。
あの夜のスープの味だけは、なぜかやけに記憶に残っている、と。
切ない話:「『別れたいの』——涙の夜、スープとケーキと俺の終わり」
「『別れたいの』——涙の夜、スープとケーキと俺の終わり」
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