不思議な話:夕暮れの裏グラウンドと“もうひとつの世界”――五感に刻まれた異界体験の超詳細記録

夕暮れの裏グラウンドと“もうひとつの世界”――五感に刻まれた異界体験の超詳細記録

🔬 超詳細 に変換して表示中
いまでも、まぶたの裏に鮮明に焼き付いている記憶がある。

それは、ただ不思議というだけではない。
あの体験の「質感」は、日常の思い出とは根本的に異なっていた。
小学校五年生の、濃厚な夏の空気――あの瞬間の空気の重さや皮膚に感じた湿度、蝉の鳴き声が耳の奥に反響するような感覚までも、いまだにありありと思い出せる。

夏休みの盛り。
家の裏手に広がるグランドは、普段は白いラインがうっすらと消えかかったサッカー場で、夕立のあとには地面がぼこぼこにぬかるみ、草の匂いが濃く立ち込めた。
僕は、自由研究のために「身近な昆虫リスト」を作ろうと、ノートと鉛筆、虫かご、そして虫取り網を手に、午前の光の中グランドに向かった。

陽射しは強いものの、時折通り抜ける風はどこか湿り気を帯びていて、肌をやさしくなでていく。
靴底に伝わる土の柔らかさ、草むらに足を踏み入れたときの、ぱきぱきと折れる茎の感触。
そこにいるすべての昆虫たち――アリ、バッタ、カナブン、時折羽音を立ててすれ違うアゲハ――それらの動きまでも、今では妙に鮮明に感じられる。

グランドの隅、普段は誰も近づかない古びたフェンスの脇、ツタが絡まった鉄の扉が目に止まった。
表面は赤茶色の錆が浮き、無数の引っかき傷や、無名の誰かが刻んだ落書きが薄く残っている。
なぜか、その日はやけにその扉が気になった。

「開けてみたい――」そんな衝動が、胸の奥で小さく跳ねた。
手を伸ばし、ひんやりした鉄の感触に指をかける。
扉は思ったよりも軽く、かすかな軋みとともに開いた。

その内側から、土の匂いがふわりと漏れてくる。
そして、そこには暗闇へと続く梯子があった。

胸が高鳴る。

「冒険だ」
その言葉が、頭の中でこだまする。

一瞬、足がすくむ。
暗闇の底に何があるのか、未知への恐怖と好奇心がせめぎ合う。
だが、子供特有の衝動が勝った。
家に駆け戻り、埃をかぶった懐中電灯を手にして、再び扉の前に立つ。

あたりは、まだ昼下がりのまばゆい光に包まれている。
セミの鳴き声が耳にまとわりつく。

扉の向こうは、まるで世界が切り取られたような、冷たい静けさ。

僕は梯子に足をかけた。
金属の段はほんのりと湿って、足裏にひやりとした感触が伝わる。
上から差し込む光が、梯子の途中で途切れ、下は真っ暗だった。

慎重に一段一段、足を進める。

暗闇に包まれるにつれ、背筋に微かな悪寒が走る。

ようやく足が床に届くと、そこは金網の床だった。
踏みしめるたびに、細かい振動が足の裏に伝わる。

懐中電灯を点けると、光の帯が床下の暗渠を照らし出した。
そこには黒い水がゆっくりと流れ、かすかな水音が天井に反響する。

鼻をくすぐるのは、土と湿気の混じった匂いだけで、下水特有の嫌な臭いはしない。

壁はコンクリートで、ところどころに亀裂が走り、湿気で苔が生えていた。

通路は前後に続いている。
僕は、なぜか「前」に進むことを選んだ。

静寂の中、足音だけがやたら大きく響く。

懐中電灯の光は、狭いトンネルの中であっけなく吸い込まれていく。

20メートルほど歩いた頃、鉄格子が行く手を塞いでいた。
無機質な銀色の格子は、まるで「これ以上先へ行くな」と告げているようだった。

脇には、また梯子があった。

「もっとすごいものがあると思ったのに……」
拍子抜けした気持ちと、どこか安堵する気持ちが混ざり合う。

梯子を見上げると、上方からわずかに光が漏れている。

僕は、鉄の冷たさを両手に感じながら梯子を登った。

上に出ると、まぶしい光が目に飛び込んできた。
だが、そこには奇妙な違和感があった。

「……ここは、どこだ?」
距離的には、道路を挟んだ空き地に出るはずだった。

しかし、立っていたのは見慣れたグランドの片隅だった。
けれども、空は茜色に染まり、夕暮れの気配が辺りを満たしていた。

昼過ぎに梯子を下りたはずなのに、いつのまにか時間が飛んでいる。

心臓が、どくん、と大きく脈打つ。

胸の奥がざわついた。

全身の皮膚が、冷たい風に撫でられているように感じる。

グランドを見渡すと、何もかもが微妙に「違う」。

たとえば、フェンスの向こうの駄菓子屋は、見知らぬ民家に変わっていた。

公民館だった建物は、白いタイル張りの小さな病院になっている。

道路標識も、どこか異国めいた見たことのないマーク。

セミの声も、さっきまでの鋭い鳴き方とは異なり、どこか湿った低い響きに聞こえる。

「ここは、本当に僕の知っている町なのか……?」
不安が全身に広がり、手のひらがじっとりと汗ばんだ。

早く家に帰ろう――
その思いだけで、足を動かす。

しかし、道を歩きながらも、違和感はどんどん増幅していく。

家の前に着くと、決定的な異変が待ち受けていた。

庭には、見覚えのない巨大なサボテンが、まるで異国のモニュメントのように咲いている。

駐車場には、流線型で赤い、奇妙なデザインの車が止まっている。

玄関脇には本来あるべきインターホンの代わりに、銀色のレバーが外に突き出ていた。

そして、玄関のそばには、四本脚の、どこか動物じみた置物が立っている――表面はなめらかで、艶やかな光沢があり、どこか不気味な造形だ。

だが、表札にはまぎれもなく、自分の家の名字が刻まれている。

「本当にここは、僕の家なんだろうか……?」
頭の中が混乱し、冷たい汗が背中を伝う。

鼓動が速くなり、胸が苦しくなる。

玄関に入る勇気が出ない。

恐怖と違和感の渦の中、裏手から台所の小さな窓をそっと覗いた。

そこには、紫色の甚兵衛を着た父親が立っていた。

その隣には、なぜか学校の音楽教師がいる。

二人は、見たこともない茶器でお茶を飲みながら、淡々と談笑している。

その姿は、どこか現実離れしていた。

二人の声は、まるで水の底から響いてくるような、こもった音色だった。

窓越しにその光景を見た瞬間、僕の脳裏には「ドラクエ3の裏世界」のイメージが浮かんだ。

「……裏世界に来てしまったのかもしれない」
理屈では説明のつかない恐怖が、心の奥底から湧き上がる。

足が震え、歯がカチカチと鳴る。

「ここにいたら戻れなくなる」
その予感が全身を駆け抜けた。

僕は叫び出しそうな衝動を必死に抑え、再びグランドへと駆け戻った。

空気はすでに夜の気配を帯び、冷え始めていた。

グランドの雑草が衣服にひっかかり、足を止めそうになる。

扉の前で一瞬ためらったが、恐怖に突き動かされるように再び地下通路へと身を投じた。

金網の階段を転がるように駆け下り、懐中電灯の光が揺れる。

「早く、早く――ここから出たい」
心臓は今にも破裂しそうだった。

足がもつれそうになりながら、必死で元来た道を引き返した。

再び梯子を登り、錆びた扉を開けると、そこには見慣れた昼下がりのグランドが広がっていた。

空はまだ青く、蝉の声が現実のものとして響いていた。

僕はその場にへたりこみ、冷たい汗が頬を伝う。

世界は、やっと元に戻ったのだ。

けれど、その日から僕は、グランドに近づけなくなった。

あの錆びた扉を思い出すだけで、足がすくみ、心臓が早鐘を打った。

「もう一度、あちら側に引きずり込まれたら、今度こそ戻れないかもしれない」
そんな予感が、しばらく心を支配し続けた。

そのまま、家族の転勤で町を離れた。

あの出来事が何だったのか、結局わからずじまいだ。

――それから幾年も経ち、半年前、仕事で偶然この町の近くを通ることがあった。

車の窓越しにグランドを探すと、昔よりも駐車場が増えていたが、あのグランドはまだそこにあった。

しかし、僕は車を降りることすらできなかった。

あの恐怖が、鮮烈なフラッシュバックとなって胸を締め付けたのだ。

これは、僕が体験したことのすべてだ。

夢だったのかもしれない。
けれど、なぜか細部まで、いまも鮮明に覚えている――
不思議な裏世界の手触りと、二度と戻れないかもしれないという、あの底知れぬ恐怖を。
読了
スワイプして関連記事へ
0%
ホーム
更新順
ランダム
変換
音読
リスト
保存
続きを読む

コメント

まだコメントがありません。最初のコメントを投稿してみませんか?

記事要約(300文字)

ダミー1にテキストを変換しています...

0%
変換中