夢遊と兄弟、記憶と無意識の交錯――「かくれんぼの夢」にみる喪失と選択の心理学的・哲学的考察

1. 問題提起：これは「喪失と選択という不可視の力が、家族の無意識と記憶にどのような痕跡を残すか」を問う物語である。

本作品は、兄弟三人の幼少期における不可解な夢遊と、その後に訪れる末弟の死という出来事を通し、「人はどこまで自らの無意識や運命に抗えるのか」という根源的な問いを投げかけている。
表層的には夢遊病という医学的現象を描きながら、深層では個と集団（家族）の記憶、実存的な選択、そして死という取り返しのつかない喪失を扱っている。

2. 多層的分析

【A. 表層：出来事の整理】
物語は語り手（次男）の視点で進行する。
ある夏の日、弟が家の外で寝ていたことを皮切りに、弟の不可解な失踪や家の中での隠れ行動が描写される。
やがて、母親の言葉から兄弟全員に夢遊病の傾向があったことが明かされ、兄弟間で「かくれんぼの夢」に関する共通記憶が共有される。
しかし、末弟だけがその後まもなく死を迎え、「川原に行く」という誘いに応じたか否かは永遠に不明のままとなる。

【B. 中層：無意識的動機・家族心理の分析】
ここで着目すべきは、「かくれんぼする夢」という象徴的モチーフである。
ユング心理学の観点では、夢は個人の無意識だけでなく、集合的無意識（家族や文化を超えた普遍的な心の層）の表象である。
兄弟三人が同じ夢を共有したことは、家族の深層心理的な連帯や、何らかの「共有された不安・欲望」が作用している証左といえる。
特に「川原に行こう」という誘いは、しばしば死や彼岸を象徴する場として文学・神話に登場する。
兄と語り手は「誘いを断った」ことで現実に留まり、弟だけが「連れていかれた」可能性が示唆される。
ここには、生存者の罪悪感（サバイバーズ・ギルト）が見え隠れし、家族内で共有される「語られざる秘密」が形成されている。

【C. 深層：実存的選択と運命の問い】
では、なぜ兄と語り手だけが現世に残り、弟が去ったのか。
ここには「自由意志と運命」という哲学的主題が立ち現れる。
夢の中で「誘いに応じる／応じない」という選択は、意識的な意思決定というよりは、無意識的な実存的選択のメタファー（隠喩）である。
人は自らの運命を選べるのか、それとも不可視の力（夢、無意識、死）が人を導くのか。
語り手が「弟が同じ夢を見たかは知らない」と述べる部分には、認識の限界とともに、死者への想像力＝他者理解の不可能性が端的に現れている。

【D. 普遍層：人間存在の根源的テーマへの接続】
夢遊病と「かくれんぼの夢」は、子どもの無意識的な防衛機制（生の不安や死の恐怖への対処）であると同時に、すべての人間が抱える「境界の経験」、すなわち「生と死」「覚醒と夢」「現実と想像」の曖昧な領域を体現している。
語り手と兄が「親には絶対話さない秘密」として共有するこの記憶は、「家族という最小単位の共同体における喪失の記憶と語りの限界」を象徴する。
死と隣り合わせのかくれんぼ――これは、すべての人間が避けがたく直面する「別れ」と「選択」の寓話である。

3. 統合的視点と結論

本作は、表層的には夢遊病と家族の喪失を描きつつ、深層では「人は自らの運命にどこまで抗えるのか」「喪失の記憶をどう受け入れるのか」という普遍的問題に迫っている。
一見、日常的な家族のエピソードのようでありながら、実は「夢」と「死」、「選択」と「語り得ぬもの」の重層的な寓話である。
人は夢の中でさえ他者と完全には交わることができず、死者の真意もまた決して知り得ない――この限界の中で、残された者はなおも生き、語り、そして「秘密」として喪失を抱え続けるのである。