1990年代末の日本地方都市における家族と夢遊病――社会・文化・個人の交錯

この物語が起きたのは、おそらく1990年代末から2000年代初頭の日本、地方都市または郊外の住宅地であると推察される。
この時代の日本社会は、バブル崩壊後の経済的停滞期「失われた10年」を経て、生活の安定と不安が交錯していた。
国全体としては少子化が進み、家族の形も多様化し始めていたが、地方ではまだ三人兄弟のような比較的大家族も見られ、家族内の結びつきが重要な価値観として残っていた。

【歴史的・社会的背景】
現代の都市部とは異なり、地方中小都市の家庭では親子三代同居や兄弟姉妹の多い家庭が一般的であった。
父親が単身赴任、母親がパートに出るなど、家族が物理的に離れがちな状況も珍しくなかった。
物語の「兄貴」が高校の寮生活をしていることも、地域に進学校や部活動に特化した学校が存在し、進学や部活動のために家を離れる若者が多かった時代背景を反映している。

【文化的・地域的背景】
この時代の地方社会では、家族間の役割分担が明確で、親が仕事や家事に追われる中、兄弟同士の助け合いや上下関係が自然と形成されていた。
兄弟の年齢差がある場合、「お兄ちゃん」が下の弟妹の世話をすることが当たり前とされていた。
また、夏休みや正月などの季節行事は家族が集い、思い出話を語る重要な時間であった。
こうした文化的背景が、物語中の「正月に家族で思い出話をする」場面にも色濃く表れている。

【住環境・自然環境】
地方都市や郊外の一軒家は、庭や周囲の空き地が広く、子どもたちが外遊びやスポーツに親しみやすい環境だった。
物語の「俺」が陸上部で毎朝ランニングをしていたのも、そうした自然環境と部活動文化の影響が大きい。
住宅は木造が多く、鍵のかかる玄関や、押し入れ・タンスの陰など「隠れる場所」が多い家屋構造も、日本家屋の特徴である。

【夢遊病と家族の歴史的解釈】
「夢遊病」は現代医学では睡眠障害の一種とされるが、かつての日本では「霊的なもの」や「家系に伝わる体質」と捉えられることもあった。
家族の中で複数人が同じ傾向を持つ場合、「血筋」や「家族の運命」として語られることが多かった。
母親が「お前たち兄弟には夢遊病の癖があったんだよ」と語るのは、そうした時代と地域の伝承的な価値観の表れであり、「家族の秘密」や「語り継がれる記憶」として共有されていた。

【個人・家族関係の力学】
物語の兄弟構成は、長男が寮生活で家を離れ、次男（語り手）が家を支え、末っ子の弟がまだ幼く庇護されるという典型的な力学を持つ。
兄弟間で「同じ夢」を共有するという描写は、家族の無意識的な連帯感や、子どもならではの神秘体験が強調されている。
また、「かくれんぼ」や「川原に行く」という夢のモチーフには、日本の民間伝承や死生観――たとえば「川を渡る」ことが死後の世界への移行を示唆する――が文化的下地としてある。

【社会的沈黙と家族の秘密】
弟の死因が「ただの心不全なのか」と語られる一方で、「これは親には絶対話さない俺と兄貴だけの秘密」とされる点には、家族内の喪失体験や死に対する日本的な沈黙文化が見て取れる。
死や不思議な体験を口外しないことは、家族の絆を守るため、また周囲の偏見や好奇の目から家族を守るための防御的態度でもあった。

【まとめ：多層的な相互作用】
この物語には、時代・社会の構造（マクロ）、地方都市のコミュニティと家族の営み（メゾ）、兄弟個人の生育歴や内面（ミクロ）が多層的に交差している。
夢遊病という個人的体験が、家族の歴史や文化的無意識と結びつき、最終的には「語られざる秘密」として家族内に留まる。
このような現象は、1990年代から2000年代の日本地方において、家族という最小単位の中で個人が不条理や超常的な体験をどのように消化し、共有し、時に秘匿してきたかを示す一例といえるだろう。